2008年02月09日
宮古島遠征ライブ2008
今回で5回目を迎える宮古島遠征ライブ。
ただ、今回のテーマはいつもと少し違う。
毎回GGが宮古島でライブをやらせてもらっている「Beema Beema」というお店、そしてそこのマスターには大変お世話になっている。
毎回ライブの準備と集客をやっていただき、FM曲への出演を手配してくれたり、ホテルでのライブを企画してくれたり。また、顔の広さから多くの知人・友人をライブに呼んでくれ、そこからまた別の縁が広がることもある。
夏には大きな野外イベントがあり、そこへの出演を実現させようといろいろ根回ししてくれていた最中でもあった。
そう、まさに宮古島におけるキーマンなのだ。
その彼が、昨年末にガンであるということが分かり、そう長くはないと本人から電話で告げられた。
この事実はバンド内でも衝撃的なことだった。
連絡を受けた当初はすぐにメンバーと連絡を取り合い、どうすべきか考え、年が明けてからはとにかくライブをやりに行くしかないと決断。
そして今回の遠征に至ったというわけだ。
我々にできることと言ったら現地に行って直接音楽を聴いてもらうことしかない。
それはよく考えてみたら酔狂なことかも知れないが、「音楽療法」という言葉もあるように、「心」に音楽を響かせ病を消し去る勢いで現地に赴いた。
今回の参加メンバーは、初めて宮古島を訪れて以来ほぼ毎回常連となっているKG、Paco、Mario、Luis、そしてPerryも忙しい合間をぬって参加してくれた。
お店に到着するとマスターが出迎えてくれた。
事前に連絡は取り合っていたが、治療もうまくいっているようで、今は調子が良いらしい。
少し痩せたが、いつものダミ声と明るさは健在で一安心。
たっぷりライブを聞いてもらいますよ〜
以下、写真をメインにレポートします。
1日目のライブ、スタート!今回は現地のPA屋さんに依頼して音響バッチリ。
盛り上がってきた。写真左はマスター。みんな楽しそうだ!
最後はいつもみんなで踊り狂う。
さて、翌日、時間があったので宮古島の隣の伊良部島へ行って見ることにした。
宮古島から船で20分くらい。あっという間だ。
この時期毎日天気が悪く、ほとんど晴れ間が見えない。雨も多いが、この日は降らなかった。
海辺に出てギターを弾く。

なんだか盛り上がってきて、楽しくなってきた。
一緒に宮古島ライブを盛り上げてくれたコマちゃんとナベちゃんが踊る踊る。
彼女らはGG喜び組と呼ばれている。
しばらく演奏していると、ある不思議な現象が発生した。
宮古島をモチーフにして作った曲「La Isra Verde〜心に浮かぶ島」を演奏していると、雲が急に動き始め、見る見る晴れ間が見えてきた。
「Volare」を歌い始めたら、完全に晴れた!
こりゃなんかの奇跡か。次第に心が晴れやかになっていくのが感じられた。
宮古の海はやはり太陽に照らされると美しい。
演奏を終えて帰ろうとするとまたウソのように曇ってきて、雨も降り出した。不思議。
冗談みたいな話だが、ホントの話。
ペリー・オン・ザ・ビーチ。ビセンテ・アミーゴか!
2日目はあまり写真がない。
Perryが1日早く帰ったので残る4人でのライブ。
宮古島オリジナルメンバーとでも言おうか。
心がじんわり暖かくなるようなライブだった。
ライブも夜中の1時くらいまで続き、最後のほうは疲れと眠さでグロッキー状態。
でも今までで一番印象的なライブとなったことは言うまでもない。
伊良部の浜辺ではギターの音色に雲が追い立てられ、晴れ間が見えた。
それと同じことがマスターの体の中で起こっているんじゃないかと、ふと思ったりした。
奇跡を信じたいところだ。
来年はBeema Beemaの10周年という。
そのときは是非また記念ライブを現地で行いたい。それまでちゃんと待っててくれよー、マスター!!
投稿者 gipsygroove : 01:33 | コメント (1) | トラックバック
2007年07月20日
宮古島ツアー2007
6月29日(金)〜7/1(日)の3日間、沖縄の宮古島へ遠征ライブに行ってきた。
今回で4度目となるツアーだが、今回は少人数で催行。
前回まではバンドメンバー+家族+お客さんなどでかなりの大人数だったためいろんなハプニングがあったりして、大変だったので、今回は特に参加募集もせずこじんまりと。
でも現地でのライブはばっちりやります。
写真をメインに宮古島遠征レポートします。
いよいよ出発の日。
東京は曇っていたけど、沖縄に近づくにつれ天気も快晴になってきた。

那覇を経由してようやく宮古空港へ「戻ってきた」!
むちゃくちゃいい天気。こちらは既に梅雨明けしており、夏本番を迎えていた。

レンタカーで中心地まで行き、とりあえず腹ごしらえにと、近くの食堂に入る。
老夫婦が二人で切り盛りするのんびりした食堂。
ところが待てども待てども注文したものが出てこない。
次第にみんな無口になる。
結局45分ほどして一気に運んできてくれた。
うどん5杯ととんかつ定食1つでこんなに時間がかかるのだろうか・・・。
早速宮古時間を体感することができた。

今回のライブ会場はおなじみ「Beema Beema」。
店長のヒオキさんとも再会を果たし、ライブのセッティングなども済ませてきた。
灼熱の太陽の下、ホテルへ戻るGGの面々。

ホテルからの景色。まるで東南アジアのどこかの町のようだ。

日もくれて夕焼けが美しい。
部屋全部オーシャンビュー!
オッパッピー!が合言葉だ。Danielによるとこれは「Ocean Pacific Peace」ということだ。
ことあるごとにオッパッピーを連発していた(笑

さて、一日目のライブスタート!
Pacoは事情で他のメンバーより1日早く帰らなければいけなかったので、事実上この日がラスト。
いきなりぶっ飛ばしてたー!

Pacoのソロが炎を撒き散らす。でも今回は「弦引きちぎり」ショーは封印。楽器は大切に♪

遅くに訪れたお客さんのために特別に目の前で流し。
来た時から酔っ払ってたこの人、近隣では「BOSS」と呼ばれている。
GGの宮古島一発目からいろいろお世話になっている。
今夜も気持ちよく木に抱きついて「Un Amor」を聴いていた。

翌日。
午前中から海へ繰り出した。
宮古の宝、吉野海岸へ。
ちょうど引き潮でサンゴがむき出しだったが、相変わらず海は美しかった。

「ヤー!」
ダチョウクラブではなく、TUBEをイメージ。

一通りシュノーケリングなどを堪能したあと、車で来間島へ移動。
来間大橋を渡る。

GGの自作アルバム「La Isla Verde」のジャケットにも使われた、ここの景色。
いつ見ても最高だ。

ホテルに戻って。
おなじみ「KGの仁王立ち」シリーズ。今回は宮古の海を目の前に。

ライブ2日目。
Pacoはいなくなったけど、残ったメンバーでガツンと決めまっせ!

ボーカルはKGとDanielがまわしていった。
3部だか4部くらいまでやって、気づいたら夜中の1時を回っている。

帰らぬお客さん。とまらぬアンコール。
みんな地元の人だというが、とにかく元気。楽しいことがみんな大好きなのサー。

最後まで残ってくれたみなさん。疲れを知らない。
アンコールもノリノリでライブ終了!楽しかった〜◎

さて、3日目。この日はもう遊ぶだけ!
早速前浜ビーチという、宮古でも1,2を争うほど美しいビーチへ。
「KGと酒パック」シリーズ。今回は前浜ビーチにて。

Luisが携帯を海に落とすも、Danielが発見する、の図。
Luisが携帯で写真を撮ったやつは個人的なBlogに掲載。(その1、その2)

で、なぜかDanielは砂に埋められる。

今回の遠征はトラブルもなく、結果大成功!
また来るさー!カンパーイ!

投稿者 gipsygroove : 02:14 | トラックバック
2007年05月07日
Gitano Family 来日ライブツアー(9)神戸2
いよいよGitano Family ライブツアーin Japan も最終日。
この日は芦屋の「Trattoria Birthday」というイタリアンなお店でのライブ。
このお店はGGの関西ツアーでも何度かライブをやらせてもらっている。
最終日ということで、なるべくウチワで楽しもうという気持ちがあり、あまり宣伝はしてなかったにも関わらず、どこかでライブ情報を聞きつけて、たくさんの方に来ていただいた。
結果、やはり満員!
お店の特徴を考え、この日は「生」で演奏することにした。
ライブはお昼ちょうどに開始。
GFは変わらぬ勢いだ。

Patchaiの歌声はまさにジプシー。
生で聞いていたお客さんも心が奪われていくようだった。
彼らを引っ張るようにJulioがステージを盛り上げる。
彼はバンドマスターであり、何か指揮者のようでもあった。
それに応えるように息子のJulio MiguelやLucasもギターや歌を披露する。
写真や映像などで彼らがまだ小さい頃から知っているのだが、この上達ぶりには心底驚いた。
きっと父に続いてGitano Familyという「楽団」を引っ張る原動力となるだろう。

Gipsy Grooveのメンバーとしては、今回Marioが大活躍。
本場のミュージシャンもびっくりのギターテクニックですっかりGFのメンバーとも打ち解けた様子。
PatchaiやLucasとは言葉が通じないながらも、お互い知らない曲やギターのフレーズなどを教えあったりしている光景がほほえましかった。
下の写真を見ると、普通に溶け込んでいる・・・
彼は生粋の日本人なのだが・・・。誇れる存在だ。

ライブは2部制で、最後の方はまた大盛り上がり。
お客さんを踊らせる能力に関してはJulioは天才的だ。
そして臨機応変に客とのコミュニケーションを図る。
例えば「A mi manera」(My Way)という誰でも知っているメロディーをハミングで歌って、お客さんも一緒に歌えるようにしたり、踊りたくてうずうずしている女性に声をかけて、彼女の「ステージ」を提供したり。

ライブは盛況のまま幕を閉じ、これで1週間超のライブツアーも終了!
相変わらずクールなGitanoの4人であったが、きっと彼らなりに得るものもあったのだと思う。
GGのメンバーはライブ終了と同時に東京に戻らねばならなかったが、翌日はJ子さんらがJulioたちをお見送り。その別れにまた涙。

来年は逆にこちらから現地に訪れてライブツアーを行うことを約束した。
これもどうなるか、今から楽しみだ。
投稿者 gipsygroove : 23:47 | トラックバック
2007年05月06日
Gitano Family 来日ライブツアー(8)神戸1
四日市でのライブを終え、翌3/23、一向は神戸へ。
この日はライブもなくオフだったため、Gitano Familyの4人も大阪などの観光に出かけたようだ。



翌日3/24は神戸の元町にある「Cafe 萬屋宗兵衛」というお店でのライブ。
この日からGGのメンバーはLuis、Mario、Kikoの3人という編成。
いつものように音響機材をお店に持ち運び、セッティング、リハ。
そしてGFの4人登場。
関西の街並みなども気に入ったみたいですっかり日本フリークのようだ。
ライブ開始。
最初はステージで。


一部が終わり、おなじみ「流し」演奏。
映画「パルプ・フィクション」のテーマ曲をジプシールンバにアレンジして演奏。
Gitano Familyはこういうのが得意だ。
マニアックなルンバの曲ばかりでなく、こういう冗談交じりの余興も軽々こなしてしまう。

やがて2部が始まり、会場も徐々にヒートアップ。
Lucasは本当にギターが上達した。
Gipsy Kingsの有名なインストゥルメンタル曲「Allegria」をアレンジして演奏していたが、ミスタッチもほとんどなく、淡々と弾きこなしていた。
テイストとしてはChico & the GypsiesのKEMAを彷彿とさせる。
KEMAは現代の若いギタリストに多大な影響を与えているようだ。
その演奏の様子をお聞き下さい。(音声メインなので画像は荒いです。)
ライブも終盤。踊りだすお客さんも。
盛大にフィナーレを迎えた後の再三のアンコールにも陽気に受け応える。
彼らのエンターテイメント精神に脱帽だ。

投稿者 gipsygroove : 23:14 | トラックバック
2007年05月05日
Gitano Family 来日ライブツアー(7)四日市2
四日市での1日目のライブが終わり、軽い打ち上げの後、J子さんの邸宅にみんなでお泊り。
Gipsy Grooveのメンバー4人が寝ている横の部屋でGitano Familyの4人が宿泊。
ところで彼らに限らず欧米の人々は結構きつめの香水を体に振りかける。
その香りが家中に広まり、だいたいその臭いで彼らが部屋にいるのかいないのか、すぐ分かるくらいだ。
さて、四日市ライブの2日目。
場所はイタリアンレストラン「San Marco」。
この日も昨日と同様、フラメンコショーや声楽隊の演奏を交えての一連のライブ。
フラメンコで歌を歌うKGなどは仕事のため早朝に東京に戻り、夕方にまた四日市に戻ってくるという熱の入れよう。これを情熱と言わずして何という。
1階のレストランでお客さんは食事をとり、そこで流し風にライブを行う。

その後3階にあるイベントスペースにて音響を加えてライブ開始!
ワインやおつまみなども用意して、お客さんも終始楽しんでもらえたようだ。

※この日は写真をあまり撮ってませんでした。
投稿者 gipsygroove : 22:54 | トラックバック
2007年05月04日
Gitano Family 来日ライブツアー(6)四日市1
以降は写真を中心にお届けしたいと思います。
3/20、Gitano Familyの4人は次なるライブ開催場所、四日市へ。
この日はJ子さん主催の歓迎パーティーで日本風の歓迎を受ける。

3/21、Gipsy GrooveからLuis、Mario、Paco、KGが四日市入り。
ライブ会場は「Y's Rotie」というパーティー会場。普段は結婚式や企業のパーティーなどが行われるようなゴージャスな会場。

機材セッティングなどを始めると、GFのメンバーが登場。早速いつものようにリハを行う。
その後は本番までリラックスタイム。
広々した控え室で食事をしたりくつろいだり。

今回はフラメンコのステージや声楽隊によるコーラスやピアノ演奏なども織り交ぜて、一つのイベントにしている。
Julioがギターを手に「Sevillanas」を歌い、踊り手がそれに併せて踊る。
ライブ前の楽しいひと時。

いよいよライブ開始。
大きな会場用に音響機材もフル装備。
J子さんの尽力のお陰でお客さんもほぼ満員。
GFの演奏も大迫力でスタート。
客席も徐々に盛り上がっていく。

合間にフラメンコのステージ。
カンテはKG、ギターはPaco。踊り手はLunasol、Komaの二人。

第二部の前に客席を練り歩く「流し」ライブを行う。
広い会場でたくさんのテーブルをくまなく練り歩くエンターテイメント精神はさすが。
完全「生」で心をこめて歌い回る。
その後、再びステージへ。
お客さんが踊りだすまで演奏をやめないパワフルさには驚いたが、全然疲れた様子を見せない彼ら4人もすごい。全く余裕の表情で、むしろライブが進むにつれ勢いを増していく。
途中、今回のライブの立役者、J子さんをステージ前に座らせて取り囲み、彼女のために「Inocente」を歌うJulioたち。一見クールだが、この熱い心が見ている者にも伝わり、ぐっとこみ上げてくるものがあった。
J子さんの目に涙。その様子を見ていたGGのメンバーやお客さんの誰もが感動したに違いない。

投稿者 gipsygroove : 21:46 | トラックバック
2007年05月03日
Gitano Family 来日ライブツアー(5)ノベンバーイレブンス2
3曲目あたりからGFの「濃さ」が滲み出てきた。
お客さんを楽しませてノリノリにさせるというエンターテイメント精神は我々GGも常に抱きつつライブを行うわけだが、彼らにとってのそれは、かなり日本のものと異なる。
日本人としては間にMCなどを巧みにはさみつつお客さんの反応を見ながら臨機応変に曲の流れを変えていくことができるかもしれないが、彼らにとっての「お客さんの反応」というのは少し見方が違うようだ。
あるノリのいい曲を演奏して、徐々に客席もノッてきた時に不意にJulioが曲をストップさせ、フラメンコで言うファンダンゴばりの「歌いどころ」をフォーカスさせる。Julioが伸びのある高音を発し、それに応えてPatchaiがジプシーボイスで合いの手となる歌を入れる。
これはもう完全にアドリブの世界。歌っている歌詞を聴いていると「さあお嬢さん方、僕のために踊っておくれよ」「パチャイ、君のすばらしい歌声を聞かせておくれよ」とか。Julioの思いつきの歌詞だ。
途中、Nicoが歌う場面があったが、JulioとしてはNicoにもこのようなアドリブを展開してほしかったと見え、「Nico、ルンバで何か歌っておくれ〜」とかアドリブで歌ってたが、Nicoは「??」状態。
このやりとりはかなり面白かった。
それから軽くメンバー紹介をしようと「Julio Romero!!」と高らかに声を上げたのだが、そんなのまるで無視してそのまま次の曲を始めてしまうのも笑えた。私(Luis)としては他のメンバーも紹介したかったのだが・・・、Julioはこれを違うようにとらえたみたいだ。お客さんはこの様子を見ても大爆笑。
新手のコントを見ているかのようだ。
ライブは1部と2部を用意していたが、いきなり爆走モードで1部の予定時間を大幅にオーバー。店側のお達しで少し早く2部を始めることにした。
2部も彼らは暴走しまくりだ。
曲はおなじみのGipsy Kingsの曲もやったりしたが、微妙にGF風にアレンジされておりおもしろい。またGFのオリジナル曲もメドレーでやったりしているが、これらも全てアドリブで展開していると感じた。曲順やセットリストなども全く決めないでライブをやっているようだ。
彼らにとってはホームパーティーで演奏するのと大ホールで演奏するのはさほど変わりないように思える。
リーダーであるJulioが曲の出だしを歌い、それに引っ張られるようにして他の3人もついてくる。
それにあわせるかのように日本人のメンバーが演奏する形、このような流れで終始ライブが続いていった。
2部も終了間際。終了の予定時間が迫ってきた。
Julioがちらりとこちらを見て、「あと何曲やればいい?」と聞いてきたので「あと1〜2曲だ」と伝えた。ところが、これからが長かった!
普通のライブだとメンバーも疲れが出てきて、ラストスパートのように最後の曲、それに加えてアンコールの曲などもやったりするが、GFの場合、最初からラストスパートかけているようなもので、それでいて疲れが全く見えない。
そんなわけで、ラストの曲を2〜3曲やっていた気がする。更にその後!
突然Julioが「おお、Nico、お前はアントニオ・バンデラスのようだ!」とか言い、なにか映画のテーマ曲を奏で始めた。Lucasは常に冷静で余裕の表情でその音楽をギターで奏でる。
なんなんだこの雰囲気は??
続いて「Luis!お前はジョン・トラボルタに似ているな!」などと発し(まったく似てないと思うが)突然映画「パルプ・フィクション」のテーマ曲を奏で始める。
相変わらずLucasは冷静そのもの。疲れた顔もいやな顔もせず、うっすら笑みを浮かべて完璧にギターを弾きこなす。
この一連の騒動にも大笑いだが、最後にもう一発。
収拾がつかなくなってきて、Nicoがうまくまとめようと「それでは、最後にマイウェイでも歌って締めようと思います。」と言った矢先にまたJulioが突然勝手に別の歌を歌いだした。
まー、確かに日本語は分からないと思うけど、ちょっとは空気読めよ〜!!ってな感じだったが、結局その曲でラストとなった。
お客さんもかなり楽しんでもらえたようだが、もう少し続くとダレてしまうぎりぎりの範囲だった。
何はともあれGF+GGのライブ一発目は大成功。
さて、この先の地方公演、どうなることやら。
投稿者 gipsygroove : 20:47 | トラックバック
2007年05月02日
Gitano Family 来日ライブツアー(4)ノベンバーイレブンス1
さて、ついにGitano FamilyとGipsy Grooveメンバーの夢の共演の日がやってきた。
場所は赤坂ノベンバーイレブンス。知る人ぞ知る有名店だ。
いつものようにセッティング+リハのため早々と会場を訪れた。
しばらくするとGFの4人も登場。この日も都内を観光してきたらしい。
Julioの息子達(Julio MiguelとLucas)とは久々の再会だったが、相変わらずのクールっぷりで挨拶もそこそこ、すぐにリハに取り掛かってもらった。今回初対面のLittle Patchai(以後Patchai)は小柄だがまさにジプシーのコラソンを持っている歌い手である。何気なく弾くギターや鼻歌交じりの歌声を聴いただけででその違いが分かる。今回のライブのキーパーソンとも言えよう。
その後、今回のスペシャルゲストでもあるNico、GGのメンバーでPaco、Mario、キーボードで参加のRieも会場入りしてリハなどをやった。
また、この時ジプシー音楽研究家の関口義人さんが来ていて、いろいろJulioにインタビューしたいとのことで、インチキ通訳ながら間に入って話を聞いたりした。Julioが話すことは自分も知らないことが多く、とても興味深かった。
一通り準備を済ませてから控え室にてしばしの休息。
この時からGFのメンバーはなぜか興奮状態。一通り東京観光をして来てすっかり日本が気に入ったみたいだ。そして今夜のライブも日本初ということで気合が入っているのだろう。・・・と思ったがそうでもなく、かなりリラックスした様子。ワインを開けてプチフィエスタが始まってしまった。
PatchaiとLucasは日本で言う未成年なのだが、ワインをグイグイ飲む。まかないに出された食事はあまり手をつけずに、ワインばっかり飲んでいる感じだ。リーダーのJulioも徐々に出来上がってきた。大丈夫かいな・・・。
Patchaiは整体師でもあるPacoにマッサージを受けていた。なんか妙な光景。
そうこうしているうちに会場はお客さんで一杯になった。結果的には満員御礼。立ち見が出るほどになり、ありがたい限りだ。
ライブ開始までまだ少し時間があったが、おもむろにGFの4人が動き出した。
「まだ早いよ!」と止めようとしたが「早めに行って待っている」と言い、お客さんが注目する中、ステージ上へ。
仕方なく日本人の出演者もステージへ行って早めに準備した。
それでもまだ時間が余っていたので、変な間が空いてしまった。
Julioが「まだ始めないのか?」と聞くので「だからまだ早いって言うたやん!」と切り返すが、もう我慢できなかったようで、いきなり演奏を始めた。まあ、何とか開始時間寸前という感じだたが、後は彼らに任せることにした。
1曲目はPaco de Luciaの「二筋の川(Entre Dos Aguas)」のカバー。
他の曲にもいえることだが、GFの演奏する曲はほとんどギターのコードが単純で、リハーサルや練習なしでもだいたいついていける。
もちろん今回初セッションのGGのギタリストもこの時初めて一緒に演奏したわけだが、軽い目の合図だけでなんとなく弾けてしまう。
リードギターは主にLucas、たまにJulio Miguelが担当する。
特にLucasは以前に聴いたときよりも見違えるほど、否、聞き違えるほど上達している。
これが本場のすごさかと驚いたが、この分だと立派なギタリストとして名を上げていくこともできるだろうと、妙な親心を抱きつつ最初の曲をしめくくった。
続いて前日にもカラオケ屋でJulioが演奏してくれた「Inocente」。
これは最近のJulioの大のお気に入りということで、ライブでは毎回聴くことになるだろう名曲だ。曲自体は他のミュージシャンが作ったものだが、「戦争で犠牲になる子供たちには何も罪はない」(ちゃんと訳してないので詳細不明だが)とかそういう歌詞でジプシールンバらしからぬシリアスな内容となっている。
曲調も渋く哀愁が漂っている。Julio自身はこの手の曲を好んで演奏することが多い。
最初の2曲を終えたところで、一応何かMCを入れなければと簡単に曲の説明やらGFの紹介などを行うが、この後の展開で、こういうMCは全く無意味だということが分かることになる。
投稿者 gipsygroove : 11:22 | トラックバック
2007年05月01日
Gitano Family 来日ライブツアー(3)プチ歓迎会
翌日、日曜日。この日はもともとライブは入っていなかったのでOFF。
午前中にJ子さんから連絡が入り、無事に彼ら4人成田に到着したという。深く息を吐いた。ふーーー。
不吉だから飛行機に乗れないとか、そういう人たちじゃなくて良かった。
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この日はいきなり東京観光をしてゆっくりするのだそうだ。
しかし昨日のライブでGFの演奏を見られなかった人たちのために、こっそりウチワで歓迎ミニライブを行うことを思いついてしまった。
そんなことをしなくても別に良かったのだが、自分の性格上、それはやっておきたかった。
彼らの宿泊先に近い赤坂のカラオケ屋の大部屋を予約して、知り合い関係を中心に声をかけた。
そして、夜。
時間通りに来たのは日本人だけ。彼らは姿を現さない。
J子さんによると「シエスタから起きてこない。」ということだ。
それもそのはず。いろんな事態が重なって気疲れもある中来日を果たし、ほとんど寝ずにいきなり東京観光をしてきたわけだから、さすがのジプシーたちも疲れがどっと出るわな。
しかしこのミニライブを楽しみにしてきた私の友人達には申し訳が立たず、なんとか来てもらう様に交渉した。
するとリーダーのJulioだけが起きて、こちらに来てくれるという。
待つこと1時間ほど。ようやくJ子さん夫妻とJulioがやってきた。
Julioとは久しぶりの再会だったが、いきなり昨日来られなかったことを謝っていた。でも悪びれている様子はなく、相変わらずのクール・ガイであった。
カラオケ屋でのシークレットミニライブではNicoやMarioも参加してくれ、アルコールも入り、なかなかの盛り上がりだった。Julioも歌を何曲か歌ってくれ、楽しい夜のひと時となった。
Julioが歌ってくれた歌は今後何度も耳にすることになるのだが・・・。
気持ちも新たに。翌日からのライブツアーが楽しみになってきた。
投稿者 gipsygroove : 13:19 | コメント (0) | トラックバック
2007年04月30日
Gitano Family 来日ライブツアー(2)初日・・・。
3/17(土)早朝、突然電話が鳴った。
GFの4人を迎えに行くために成田に行っているJ子さんからだ。
いやな予感がした。そしてそれが見事に的中した。
「緊急事態!フランスから飛行機が飛ばなくて、まだパリにいるみたい」とのこと。
一番起きてほしくないことがいきなり発生。
仮にこれから飛行機に乗れたとしても初日のライブには間に合わない。
なんということだ。
まず状況を確認するためにJulioに電話をかけてみた。
案の定、まだパリの空港で足止めを食らっているらしい。
よく聞き取れなかったが「霧が出て飛行機が飛ばなかった。本当にゴメン」みたいな事を言っていた。
一瞬クラっと来たが、とにかく今日のライブは彼らなしでやるしかない。
すぐにホームページに告知をし、可能な限り来てくれる予定のお客さんに連絡を取った。
何とか埋め合わせをしないと、と思い、本当は月曜のライブに参加予定だった福島県のGipsy Nico氏にもお願いして、急遽出演してもらうことに。
GFと共演できることを楽しみにしていたGGのメンバーたちもびっくり。まさか、という感じ。
しかし天候や飛行機の事情では如何ともし難い。
余談だが、かつて、こんなことがあった。
私があるスペイン系の会社にいた頃、フラメンコのアーティストを招聘する仕事に携わっていたのだが、来日寸前にジプシーのアーティストから連絡が入った。
急遽日本に来られなくなったとのこと。その理由は我々の想像を絶するものだった。
「今日はとても不吉な日だ。こんな日は飛行機に乗ってはいけない。だから日本には行けない。」と。
全くありえない話だが、実話である。当時、その会社の社長もそういうことは心得ていて、なんとかうまくまとめてコンサートは成功したが、まったくジプシーの行動は予測が出来ない。
そういうことに比べれば今回の事態は割りと楽観視できる。
さて、気持ちを切り替えてライブの準備を行う。
お店の前に張り紙をして、こんな事になっちゃいました、と軽くお詫びを入れて、それを読んでもらった上でお店に入ってもらうことにした。
幸いにもGGの常連的なお客さんが多く、GF不在でもそれほど大きな問題はなく深刻なクレームもなかった。お客さんが半減するのではと懸念したが、それも杞憂に終わり、予想以上の満員御礼となった。
GGのメンバーもほとんど集まり、スペシャルゲストのNicoも無事到着。
なんだか毎年恒例の忘年会ライブのノリになってきた。
ライブが始まる頃にはすっかりGFのことも忘れてしまって、いつものようなノリノリのライブをスタート。
メンバーが充実していて、今回はベース、キーボード、ドラムを導入。音響PAのエンジニアにも手伝ってもらって迫力のサウンドでライブをやることにした。
1部はGGのオリジナル曲中心のライブ、2部にGipsy Nico & the Guitarras(Nico、Mario、Luisによるユニット)、3部は出演者総出によるGKナンバー中心の盛り上げ型ライブ。
中にはGFの演奏をとても楽しみにしていた方もおられたようだが、その残念さも半ば強引にGGの演奏で忘れさせて、結果的に皆さんが満足できるようなライブとなったと思う。
臨機応変に予定を変更して臨んだ初日のライブも、なんとか丸く収まり、ほっと一息。
しかしいつもなら充実感に浸れるライブ後の余韻も、これから始まる嵐のようなライブツアーの序章が終わったという気持ちが支配して、若干、気分的に落ち着けなかった。
彼らは無事来日してくれるだろうか。地方のライブはうまくいくだろうか・・・。
そんな不安は少しはあったが、初日のライブのようにどんなことでも「何とかなる」もので、深く考えてはいけない。
きっと何とかなるさー。
そんなわけで初日は終了。
投稿者 gipsygroove : 02:53 | コメント (0) | トラックバック
2007年04月22日
Gitano Family 来日ライブツアー(1)来日までの経緯
我々の演奏している音楽(便宜上ジプシールンバと呼んでいる)は、元々Gipsy Kings(以下GK)をリスペクトして、彼らの演奏スタイルに憧れて始めたようなもの。しかし本場の南フランス・カマルグ地方には同様の演奏スタイルで活動を繰り広げる数知れないアーティスト、グループが存在する。
GKを始め、最近では次世代バンドとしてChico & the Gypsiesなども世界的規模で活躍している。
しかし最もGKと関わりの深いグループと言えば、それはGitano Family(以下GF)なのかも知れない。
GFのリーダーJulio Romero氏とGKのリードボーカルNicola Reyesは年齢も同じで昔はご近所さんどうしでとても古い付き合いだそうだ。当然GKの他のメンバーとも親交がある。
GKがバンドとして世界で活躍しているころ、GFは地元およびヨーロッパを中心に地道な活動を続ける。
Julio氏がGKに曲を提供したこともあるし、ある時はGKのメンバーがこっそりGFに活動参加していた頃もあった。
今でもJulio氏の家にGKのメンバーが訪れ、夜な夜なパーティーを開いたりして深い交友は以前と変わらないようだ。
現在はGFはJulio氏とその息子(Julio Migeul、Lucas Pedro)たちを中心にライブを行ったりイベントやパーティーで演奏したり、本来のジプシールンバの楽しさを多くの人に伝え、各地で活動を続けている。
そんな彼らの演奏やライフスタイルに惹かれ、何度も現地を訪れては彼らと行動をともにし、いつしか熱い友情で結ばれることになった。そんな女性が日本にいる。
今回のGF来日ライブツアーは彼女(J子さん)の尽力のお陰である。
いつのころだったろうか。去年の夏か。毎年のように現地に訪れているJ子さんはその時もアルルにいた。
そこへ突然私Luisのところへ電話がかかってきた。
「Luisさん?Julioが来年日本に来るって!」
突然海外からの電話で驚いたが、次にJulioが電話に出てスペイン語と英語交じりで何やらまくし立てられた。
私自身もJulioとは交友があり(アルルとサントマリードラメールの旅参照)久々の会話だったけど、いつもの調子で用件だけ伝えるとすぐ電話が切れてしまった。相変わらずだなー、と思ったが、その時点からGFライブツアーの準備に取り掛かることとなった。
東京、四日市、神戸と会場を確保し、彼らの日本滞在中のスケジュールをあれこれ考える。
いつも我々GGが関西ライブを行う時にお世話になっている関係者の皆さんにもご協力頂き、こんな初めての試みも割りとスムーズに事が運んでいった。
来日の日がせまり、ライブに向けてほぼ準備も整った。各会場ともほぼ満員で彼らの来日が心待ちにされた。
そしていよいよライブ当日。初日はGGのライブでもおなじみ渋谷のPink Cowでの来日歓迎スペシャルライブ。
さて、この日の朝に日本に到着する便に乗ってくるはずだったが・・・。
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2005年10月18日
宮古島ツアー2005
2年ぶりの宮古島遠征。
今回はバンドメンバー+その家族+友達+お客さんなど、総勢30名余りのツアー。
笑いあり、涙あり、宮古島遠征につきもののハプニングもあり。
たくさんの出来事を一気に書ききれないので今回はチャプターに分けてレポートします。
(写真フォトギャラリーを設けましたのでそちらをご覧下さい。)
1.ジプシークイーン!?
2.台風襲来!
3.メンバー
4.那覇経由−ついに宮古へ
5.昼飯
6.一日目ライブ!
7.ジプシーキング!?
8.観光
9.プールサイドコンサート
10.披露
11.狂喜乱舞の宮古島ライブ
12.また来るよ
1.ジプシークイーン!?
今回のツアーはある旅行会社に飛行機とホテルの申し込みを依頼していた。
旅行会社にツテのあるKGが一切を仕切っていたのだが、彼にチケットを預けると危険なので今回は参加者各自にそれぞれ旅行会社から請求書が行くようになり、チケットも各自届くようになっていた。
出発一週間前くらいに料金を払い込み、数日後チケットが届いた。ワクワクして開封すると目に飛び込んできたのは「ジプシークイーンご一行様」という文字。
・・・・!
なんじゃこりゃ??
どこでどう間違ったのかバンド名が「ジプシークイーン」になっている。
出発前からハプニング。
でも体制に問題はないので特に旅行会社へ注文つけることはしなかった。
しかしお客さんからは「あの、ジプシークイーンという名前でチケット来たんですけど、大丈夫ですか?」とか問い合わせが相次いだ。
恐れていたことが見事に的中した。
なんと台風20号がちょうど沖縄の方に発生して我々が宮古島に着く頃には直撃してしまうんじゃないかと、数日前から気が気じゃなかった。横にそれるかとっとと過ぎ去ってしまえばいいのに、我々を待ち構えているように台風も停滞している。
いやーな感じだ。嫌がらせとしか思えない。
ところがこの停滞台風が上手い具合に(?)ずっと停滞してくれてツアーの最後の方は本州の方にそれてくれた。
結果、風がずっと強かったが宮古島直撃は避けられ、晴れ間が見える日の方が多かった。
運がいいのか悪いのかワカラン。
でも台風一過ですっきりしてから行きたかったというのは事実。
今回参加のメンバーはKG、Luis、Mario、Paco、Perry、Masatito。そして何度かライブにも参加したことのあるAlbertoさんが今回は青森からはるばるミヤコへやってきた。
当初、都合のいいときに東京へ来てライブに参加してもらおうと思っていたが、どうせならということで宮古島を堪能してもらうことになった。しかし今回のツアーの鍵を握るのは彼かもしれない・・・。
各メンバーのほかに家族を同伴する者もいた。
中でもKGとPacoとMasatitoの3家族はまだ小ちゃい赤ちゃんをそれぞれ連れてきて、パンパースのコマーシャルのような雰囲気が漂っていた。この赤ちゃんたちも今回のツアーの鍵を握っているといえるかもしれない。
その他いつもお客さんで見に来てくれる人やメンバーに誘われて宮古島はおろかバンドのライブを初めて見るお客さんもいたりした。
ともあれ、みんな顔見知りなので余計な心配をする必要もなく気持ちの面でも楽なツアーとなった。
前回まではJALの直行便で宮古島へ渡ったが、今回は安く行くため沖縄の那覇を経由していかなくてはならなかった。
それでもさほど時間がかかるわけでもなく、特に問題もなく懐かしの宮古島へ到着した。
前回は本当に余計なトラブルに巻き込まれ出だし不調だったが、今回は問題なし。さいさきがいい。
しかし一日早く宮古入りしていたPacoはレンタカー会社と揉め事があったらしく、またキレちゃったらしい。詳しくは分からないが、またドアを蹴っ飛ばしたりしたらしい。しかし無事に宮古に来れたのでよしとしよう。
我々が到着したのは10月14日。天気は曇り時々晴れといった感じ。
予約していたレンタカーに乗り込み、まずはライブ会場である「Beema-Beema」(以後Beemaと略)というお店を目指す。
車で移動中、目に映る全てのものが懐かしく思えた。「やって来た」というより「戻ってきた」という言葉の方が相応しい。
Beemaに到着するとマスターのヒオキさんとも再会。
彼は現地で様々な手配をしてくれ、バンドにとってもかけがいのない人だ。彼なしには宮古島は語れない。
ウェルカムドリンクの生ビールを頂き、しばし談笑。
その後、機材をセッティングして一行はホテルへ。
港の近くにある「アトール・エメラルド宮古島」というのが今回の宿。
高級リゾートホテルと言える立派なものだった。このツアー料金でこんなホテルに泊まれるなんてラッキーだ。
部屋に入ると窓の外は一面海が広がっていて最高の気分だった。
ホテルに荷物を置いて昼飯を食いにいこうとした。
朝ちょっと食べてからまだ何も口にしてないことに気づき、猛烈に腹がすいてきた。
しかしライブのリハーサルのためBeemaに決められた時間に行かなくてはならず、ゆっくりできなかった。
仲間とともに車で市街をさまよった挙句、適当な店が見つからず結局コンビニで軽食を買い、駐車場でヤンキー座りをしてむさぼり食った。
「ファミリーマート宮古島ぱいぱい店」というところで、そのとなりに「ぱいぱいマンション」という建物があった。
住所が818-1だかららしいが、この安易な発想が好きだ。
Beemaに戻りサウンドチェック、リハーサルを行い、後はライブの開始時間を待つ。
東京から来たお客さんたちの他に現地に住む近隣のお客さん、たまたま店に迷い込んだ観光客など様々だ。
Beemaでのライブは2日もあるので、1日目は様子見も含めてオーソドックスなスタイルで、やり慣れた曲を中心に演奏した。
1部、2部構成でライブは徐々に盛り上がっていった。
最近おなじみになっているエレキドラムも今回は持参し、Masatitoが主に叩いた。
普通のドラムセットのようなサウンドはもちろん、半分ギャグっぽい音とか、ズッコケ音とか、あやしい木琴風の音色とかドラの音とか、いろいろ出る。
「Amor d'un dia」という曲はPacoの強烈なイントロで始まるのだが、そこに超あやしい木琴風の音が鳴り、その音とPacoの奇妙な動きが絶妙にマッチし、個人的には笑いのツボにはまってしまった。
2日目のインパクトが強くて1日目はあまり覚えていないのだが、とにかく宮古島らしい盛り上がり方でかなり楽しかった。
そんなこんなで一日目のライブ終了。
二日目。
朝起きたら窓の外に海が広がっている状態はなんとも格別な気分にさせられる。ホテルの朝食を食べるため、みんな疲れも見せずにホテルのレストランに時間通りに現われた。それぞれ家族のいるメンバー、野郎だけの集団、顔なじみのお客さんたち、みんな朝だというのにいい笑顔をしていた。
ゆったりとした朝食のあと、ロビーを歩いているとホテルの入り口付近に立て札があり、本日の団体客の名称やイベントの紹介などが記載されていた。
そう、この日の夕方にホテルのプールサイド(プエルトガーデン)でコンサートをやることになっていたのだ。
で、地元の人たちの計らいでホテルのエレベーターとか柱などにライブを告知するポスターが貼られていた。とてもうれしいことだが、この入り口の立て札には
「プエルトガーデン ジプシーキング・ライブ」とあった。
「何!?」と一瞬目を疑った。
ジプシークイーンの次はジプシーキングか!本家本元のGipsy Kingsもびっくりだ。そのうち殿様キングとかストリーキングとか書かれそうだ。
とにかく、これにはメンバー一同大笑い。どこでどのように伝わったのか知らないが、我々のバンド名もそろそろちゃんと覚えてもらわねば・・・。
夕方のコンサートまで時間があったので宮古島をちょこっと観光。
といってものんびりはできないので車でうろうろしたり昼食に丸吉食堂の宮古そばを食べに行ったり、慌しく動いた。
この丸吉食堂は地元の人たちもご用達の知る人ぞ知る名店。最近は観光客も増えてきたが、市街から少し離れているので変に気取った感じもなくいい味を出している。
従業員の態度もぶっきらぼうだが、味はいい。ソーキそばの豚角煮はボリュームもあり最高にうまい。
もちろんバンドのメンバーもみなお気に入り。宮古に来たら必ず訪れるところだ。
食後に黒糖の手作りアイスキャンディーがもらえるのもうれしい。
・・・と、なんだかグルメエッセイみたいになってきたのでこのへんで。
9.プールサイドコンサート
夕方が近づき予定していたプールサイドでのコンサートの準備に取り掛かった。
台風の影響で猛烈な風が吹いていたが幸い雨は降っていなかった。
本当は「サンセットライブ」ということで、穏やかな海に沈み行く夕日を眺めながらの優雅なショーになるはずだったが、突風に揉まれながらの過酷なショーになりそうな予感がした。
それでもたくさんのお客さんに来てもらい、だんだんと気合が入ってきた。
今回、ライブなどで音響機材を貸して頂いた別のライブハウスがあるのだが、そこを拠点にして活動をしているレゲエバンドが我々の先に演奏した。いわゆる対バンのような体制だ。
彼らは「島バナナ」というバンド名で聞き覚えのある曲をレゲエ風にアレンジして演奏していた。
これもサンセットをバックにすればとてもいい雰囲気を味わえただろうに、この風だと見るほうも演奏する方も落ち着けなかっただろう。
一息ついていよいよGGの出番。
1曲目になぜか「Un amor」という渋い選曲だったが、2曲目以降はガンガンに飛ばしまくり。
いつしか風が強く吹いているのも忘れ会場にも熱気が満ちてきた。
コンサートは2部制なので、ひとまず休憩を入れて2部開始。
「Inspiration」を奏でるMarioを取り囲むギター陣。
曇っているとは言えバックに雄大な海を従え、演奏していていつも以上に爽快な気分だった。
2部も風の冷たさを忘れるくらいに熱いエネルギーをほとばしらせ、一気に盛り上げて行った。
ノリノリの曲ばかりを選んで演奏し、お客さんを引き止めていた「躊躇」という糸を引きちぎり、自然と体を動かして踊らせる体制に持っていった。
結果、大成功。晴れていればもちろんもっといい状態でライブを終えることが出来たと思うが、この際天気は関係ない。みんなが楽しめたのでこれでよし。
会場から引き上げるときに波打つプールサイドに立ち、メンバーで渋い集合写真を撮ったりした。
プールサイドのライブが終わってメンバーだけで近くの食堂に行ってひと時の休息。
食事をしながらゆったりビールでも飲みたかったがゆっくりもしていられない状況だった。
すぐにBeemaへ移動してライブの準備にとりかかる。
通常では考えられないハードなスケジュール。メンバーも少し疲れ気味の様子だった。
メンバーだけではない。同行した家族にもそれぞれ披露の色が。
特に赤ちゃんを連れてきた家族は大変。ダンナがライブに出てしまって奥さんだけで子供をあやさなくてはいけない。
中でもMasatitoの息子はやんちゃ坊主の腕白小僧なので、奥さん一人では無理。
急遽SOSが発せられこの日のライブでMasatitoの姿を見ることはできなかった。
残りのメンバーでとにかくライブを盛り上げるのみだ。
Beemaの店内を見渡すと心なしか昨日よりお客さんが多いように感じられた。
2泊3日で来ている人たちは事実上これが最後の宮古の夜。ここではじけずにどこではじける。
メンバーも最後の夜を楽しもうと疲れを忘れて演奏に興じる。
前日より長い時間を考えていたのでやりたい曲をいろいろ考え、セットリストを組んだ。
Alberto氏がせっかくいるので、彼の得意な曲も多く取り入れた。
Gipsy Kingsの「Trista Pena」や「La Dona」など、普段GGでやらない曲もやったりした。
彼のノビのある歌声と本場ミュージシャンさながらのコブシはKGとは違った持ち味がある。
宮古島においてはAlberto氏はKGにとっての「先生」となり、行く先々で歌のレッスンをやったりしていたほどだ。
そのほかにギターのインストゥルメンタルで「Galaxia」をやったり、余興的にPacoとセッションしてルンバ・フラメンカの名曲「Entre Dos Aguas」やチックコリアの「Spain」をやったりして大いに盛り上がった。
ライブは2部構成という名目だったが、実際は4部くらいあった気がする。
詳しいことは覚えてないが、とても長かった気がする。
休憩時間に流しで客席を回り、お客さんとのコミュニケーションを図る。
この休憩時の流しスタイルは2年前の宮古島で確立されたと言っても過言ではない。
お客さんに生の演奏を直に聴いてもらい、グルーヴ感を少しでも味わってもらいたいという思惑は以後のライブにも引き継がれ、現在に至る。
また、ちょっとしたイベントもあった。
今回宮古島でGGのポスターやシールを作ってくれたデザイナーのハマちゃんという男性がいるのだが、その彼女にささげる曲としてマイウェイを演奏した。
実は最近彼女とうまくいってなくて、曲をプレゼントして挽回したいという彼の望みをかなえた形になった。
結果、大成功。二人とも喜んでくれて仲直りするきっかけになって良かったと、勝手に判断している。
次回は彼らの結婚式で演奏しよう。
さて、最後の方になってくるとお客さんはステージ前へ身を乗り出し踊り狂う。
メンバーもそれに応じてヴォルテージアップ。
既に夜中の12時を回っていた。
Pacoはいつも以上に狂っていた。
彼はライブ中にエクソシストのような動きをするが、これが彼の真骨頂なのだ。
インスト曲「Asturia」のルンババージョンの途中、突然弦が切れた。
それに驚いて一瞬動きが止まったが、その「弦が切れたこと」にキレて、ギターに八つ当たり。
今度は別の弦を自分で切りに行った。
それでパコギターがダウン。かわいそうなギターである。
曲の途中に別のギターに交換して、なんとか曲を終わらせた。
こんな狂いっぷりに他のメンバーも火がついて、それぞれ思い思いに狂気乱舞した。
この楽しさこそ宮古島の醍醐味。
なにより時間を気にせずライブができるのがうれしい。
東京でライブをやっていると、基本的に楽しんではいるが心のどこかで終電のことや明日の仕事のことなどが見え隠れしてしまうものだ。宮古島ではそれらが全て取り払われ、100%楽しめることができる。
労働者バンドGispy Grooveにとってここはまさに理想郷なのだ。
ライブが終わったのは確か1時半くらいだったと思う。
メンバーはみんなクタクタ。でも心地よい疲れ。
ホテルへは歩いて帰れるのでビールもたくさん飲んだ。気持ちの良い酔っ払い具合だった。
最後まで残ってくれていたお客さんもたくさんいて、みんながうれしそうな笑顔をしていた。
翌日、相変わらず朝食はみんなちゃんと食べに来た。エネルギーを放出したので、妙に腹が減るのだ。
こんな生活をしていたら、えらく健康になりそうだ。
2泊3日組はこれが最終日。みなそれぞれゆっくり観光を楽しんだ。
このとき、台風が少し北東にそれていったがまだ停滞気味だった。その影響で海も荒れているところがあり少し残念。でも一通り行きたい場所をめぐり心から宮古島を楽しんだ。
夕方、悲しい東京へ帰っていくメンバーを見送るKG、Luis、Alberto。
この3人は3泊4日組なのであと一日ゆっくりすることができた。
KGも奥さんと子供と水入らずの旅行気分を味わえたようだ。
ちなみに4日目はLuisとAlbertoはKG一家の付き人のような役割を果たし、荷物持ちや赤ちゃんの世話、ビデオの撮影などを手伝ったりした。
美しい吉野海岸の浜辺でAlberto氏がKGにコブシのレッスンを行う。それを横目で不満げに見守る奥さん、そして服を着たまま海にダイブするLuis。
はたから見たらかなり珍妙な一団だったに違いない。
Marco(KGの息子のコードネーム)が大きくなったらこの時の事を教えてあげよう。
夕方、宮古島に別れを告げ飛行機に乗り込む。
「また来るさね。さらば宮古島。」
・・・そこへ、「待って!行かないで!」と未練がましく追っかけてくる者あり。
そう、台風20号のやつだ。
タイミングよく(悪く?)東京に戻ったときに本州沖合いに移動してきて、羽田に着く頃には大雨の土砂降り。
バンドのオッカケさんたちは大歓迎だが、こういうオッカケはタチが悪すぎる。
・・・というオチで、宮古島2005ツアーのレポートおしまい。
投稿者 gipsygroove : 01:13 | コメント (0) | トラックバック
2005年09月04日
関西ライブ@芦屋・大阪
暑い夏も影を潜め、季節は秋に向かっていた。
去年もちょうどこの時期に関西でのライブを決行した。
今年はライブの場所を兵庫県の芦屋に変えてツアーを決行した。
その様子をレポートしよう。
早朝5時過ぎ頃にKikoの運転するワゴン車が出発。
途中でTino、Perry、Marioを各場所でピックアップし、Luisは東名高速の厚木バス停で拾われた。
その後数時間走って、東名・浜名湖付近のバス停でマイカップに日本酒を注いで、つまみを食べながら待ちくたびれているKGを発見。
彼は前日から本業の社員旅行で浜松にいたのだが、宿泊先に財布を忘れたとかで時間を遅らせての合流だったが、無事に落ち合うことができホッとした。
「暑いー!」と言いながら車に乗り込み、突然上半身裸になってつまみのイカを開け日本酒をチビチビやりだした。
車内が一気に金曜日の終電車のような臭いで満たされた。相変わらずのマイペースである。彼こそ実は最もジプシーに近い存在なのかもしれない。
今回のメンバーは以上の6人。
Kikoのマニアックなジプシールンバの選曲でBGMが鳴る中、途中で休憩を挟んだりして大阪に着いたのは昼の1時を回っていた。
適当なところで食事をとり、宿泊先である十三(じゅうそう)という町にあるホテルに向かった。
この町は知る人ぞ知る怪しさ抜群の歓楽街で、周りにはかなり如何わしいホテルが乱立しているのだが、我々が泊まったホテルは「Plaza Osaka」という歴としたビジネスホテルだということだけは明言しておこう。
メンバーにはツインルームが3部屋用意されていたが、部屋割りをどうしようか考えたところ、ちょうど血液型でわける事が出来た。
しばしの休息の後、各自ロビーに戻ると今回もこのツアーでお世話になるLunasolさんと対面。
予ねてよりライブ会場の手配、現地の集客など、いろいろな面でお世話になっており、GGの関西における重要なサポーターとも言える。
久々の再会を喜ぶのもつかの間、すぐにライブ会場に行ってセッティングなどをしなければならなず、ゆっくりする時間もなかったのでとりあえずみんなで車に乗り込み、一路芦屋へ。
ところが車を走らせて10分くらい、突然KGが
「あ、やっちゃった!」
と叫び、続けざまに
「携帯部屋に忘れてきちゃった!」
と騒ぎ出した。
全員あっけにとられたが、これが彼のよくやる過ちだというのはみな理解していたので、それほど憤りを感じるまでもなく再びホテルに舞い戻ることにした。
こうした遠征先でのちょっとしたハプニングの元凶はだいたいがKGによるものなのだが、何事も起こらないパンチの少ない旅よりは、若干スパイスが効いていて後々ネタにもなるので良しとしよう。(たまに洒落にならないほどのスパイスをぶちまけることもあるが・・・。)
夕方4時過ぎ、ようやくライブ会場である芦屋Trattoria Birthdayに到着。
雑貨屋さんをアレンジしたおしゃれなイタリアンレストランである。
店のオーナーと挨拶を交わし、早速セッティング開始。軽くリハーサルをこなしてから地下の控え室に案内され、出番が来るのを待つ。
しかしゆっくりしていられないメンバー達はお店に行って軽く一杯やるなどした。
ここでJobi子さんとJuanitoさん(いずれもニックネームです <^_^;)とも再会。この二人もGGの関西における大事な友人であり、今回のツアーでもいろいろお世話になった。
6時半すぎ、いざステージへ!
予想以上にたくさんのお客さんに来てもらい、しょっぱなから気合が入った。
Marioの奏でる「Alegira」でライブスタート。続いて間髪入れずに「Baile me」で押せ押せ。
このノリノリ2曲連続演奏パターンはお客さんの意識をこちらにむけさせるだけでなく、実はギターコードも簡単なのでメンバーにとっても良いウォーミングアップになるのだ。
合間にMCを挟み、徐々にお客さんとの一体感を増加させる。
続いてもジプシーキングスのカバーを立て続けに演奏。会場も沸いてきた。
1部最後の曲はGGのオリジナル新曲「Mas Amor」。
9月に発売予定のニューアルバムの最後の方にも入っている日本語のラブソングだ。
これをLuisが歌う。
これまでスペイン語の歌オンリーだったのでお客さんも歌詞を聞き取る体勢に入っていた。
日本語の曲は聴く人にストレートに歌詞が伝わるので、少々照れくさい面もあるが、要望も少なくないので今後もこういう日本語曲を増やしていこうかと考えている。
ようやく1部が終わり、一旦休憩。
10分くらい休んだらメンバーは再びギターを持つなどして客席へ。
恒例の「流し」タイムだ。
お店の奥のテーブルから順繰りに回遊していく。
ライブの合間のこうした催し物も定番になりつつある。
ジプシールンバは本来電気など使わずに生ギター生声で奏でられるもの。
その本質的なものを実際に体感してもらうことも大切だと常々感じている。
流しが終わってそのまま2部へ。
最初は「Nubes Errantes」「Para Siempre」というGGのオリジナルで攻めた。
ここで一旦MC。
Luisが5月にジプシールンバの本場、サントマリードラメールに行った時のことを語り、この音楽とは一体どういう物なのかを簡単に説明した。
Jobi子さんも今年の夏に現地を訪れ、少しでも多くの人にこの音楽のすばらしさや楽しさを知ってもらうためにたくさんのお土産を持ってきて頂いたのだが、その紹介も兼ねていた。
ライブは続く。
おなじみMarioの「Inspiration」の後、盛り上がり系3曲。
Luisのギターの弦が吹っ飛んだ。目標は3本同時切りだが、それはまだ達成したことがない。
一息ついてビールのうまくなる曲。
しかしこのころはお客さんも食事を済ませ、マッタリモードに入っていたため、やるとしたら始めの方がいいかなと思ったりした。
それでも力ずくで「ぼ〜ら〜れー」の大合唱。楽しい。
最後はやはり「Bamboleo」でシメ。途中でメンバー紹介を入れるなりした。
時間が限られていたので久々に必殺技である「自発的アンコール」を繰り出すKG。
「これは想定の範囲内です。」とアナウンスし、GGのオリジナル「Bienvenido!」を炸裂させた。
最後の最後は「Vamos a Bailar」で踊り狂い楽しむことにした。
お客さんは既にオールスタンディング。この熱気に加わりたいとお店の外から見ていた人も突如乱入して来たりした。
Lunasolさんが華麗なジプシールンバ・ダンスを舞うと、Kikoはギターを放棄してLunasolさんとダンスに興じ始めた。
気がつくと見知らぬ人がカホンを叩いていたが、もうなんでもかんでもOK!
みんなが楽しければそれでいいのだ。
これぞジプシールンバの真髄だ。
芦屋でのライブはこうして幕を閉じた。
初めての場所でのライブはどういう反応が来るか最初は心配になるが、今回は大成功に終わったと思う。
また来年に繋げられればうれしい。
軽く食事を頂いたりして機材などの片付け開始。
メンバー各位、どこかの業者のように手際よく音響機材を片付け、帰り支度を済ませて車に乗り込み、再び大阪へ。
ホテルに荷物を置いて近くのカラオケ屋で打ち上げを行うのだ。
メンバーのほか、今回いろいろお世話になった方や関係者の方々も交えて楽しく盛り上がった。
酒が進むとギターに手が伸びる。
団体用の広い部屋だったのだが、なぜかものすごく音響が良く、Marioがライブでやらなかった曲を次々演奏してくれた。
カラオケマイクのエコーと部屋の残響音がマッチしてすごく気持ちよく音が聞こえる。
「ライブ本番より調子いいや」という問題発言をするMarioだったが、実際とても調子がよさそうだった。
他にもライブでやらなかった歌物を演奏したが、それぞれ相当のアルコールが注入されており、ルンバdeボラーチョ(酔っ払い賛歌)になってしまった。
そんなこんなで1日目終了。
この日はもう帰るだけだったのだが、せっかくだからということで中ノ島公園という大阪中心部にある公園の一角でストリートライブを披露した。
しかし途中で雨に降られ、人気も少なかったので切りのいいところで退散。まあ、おまけのようなライブだった。
昼食を近くの洋食屋で頂いている間、ずっと激しい雨が降り注いでいたが、小降りになったところで脱出。
最後まで付き添ってくれた関西の友人達ともここでお別れ。
Hasta el Proximo ano! Chao!
帰りは台風の影響で大雨だったが無事帰還。
しかし後で聞いた話では都内は各所で水かさが増し、危うく乗っていた車も床上浸水するところだったらしい。
しかしライブ中に台風直撃しなくて良かった・・・。
投稿者 gipsygroove : 23:44 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月11日
大分遠征ライブ at Brick Block
ボーカルKGの故郷、大分へ今年も遠征してきた。
去年は結婚式の演奏依頼+ストリートライブだけだったが、今年はちゃんとしたライブハウスでの演奏が目的だった。
7月8日(金)
メンバーのKG、Luis、PerryそしてMarioは羽田空港で待ち合わせ。
過去に出発の段階からひどい目にあったことがあるのでなるべく集合時間は早めに設定しておいた。
が、KGは40分くらい遅れて到着。しかしそれでも時間に余裕があったので、とりあえず無事に東京出発。
大分までは1時間半くらいの空のたび。一眠りしたらもう現地へ到着してしまった。
天気はあいにくの曇り空。梅雨の真っ最中というのは分かるが、低気圧も接近しているようで心配だった。
出迎えはKGのお父さん。去年の大分遠征でもお世話になり、今年の東京・カレッタ汐留ライブにも家族で見に来てくれ、メンバーにとってもおなじみであった。
車で迎えに来てくれていたのだが、道路の真ん中に豪快な停め方をしていてまずびっくり。
そしてエンジンをかけようにもバッテリーが上がってしまっていて二度びっくり!
仕方ないので近くに停まっていた車に助けを求め、充電してもらった上で出発。
バンドで遠征に出ると必ず一つや二つはハプニングが生じるが、今回は大分についてしょっぱなにちょっとした珍事が発生した。
車の運転はKGが担当。普段運転する姿を見せないKGに他のメンバーは緊張を強いられた。
前傾姿勢でハンドルにちょこんと両手を乗せて運転する異常な姿にメンバー各位から鋭いツッコミが出されたが、彼はその運転方法が気に入っているらしい。
一時間ほど走り大分市内にやってきた。
去年も立ち寄った名物料理を出すレストランでしばし休憩。
そこでエンジンを切ったが最後、バッテリーが事切れて二度と復活しなくなってしまった。タイミング良く(悪く?)バッテリーの寿命が来てしまったらしい。
しかしKGのお父さんがすぐさま対応して近くの修理屋に電話。なんとか食後には新しいバッテリーに交換してもらい事なきを得た。
料理は名物のタコを使ったタコカレーとかタコ丼とかがおいしかった。
そこから車で少し走ったところに今回ライブをさせて頂く大分「Brick Block」に立ち寄った。
中の様子を見たりしたがオーナーの大津氏は不在で挨拶ができなかった。
とりあえずスタッフの人に言付けしてその場を後にした。
そのあと再び車で1時間ほど走りKGの実家へ。
湯布院の町の自然が一杯のところで彼は幼少時代をすごした。
その一角に食料品や雑貨を売るお店がある。そこが彼の実家だった。
ご家族の方と挨拶を交わし、迎えに来てくれたお父さんはここで降りてもらい、続いてメンバーだけで今度はKGの実家の別荘へ。
去年も使わせてもらった温泉付きの一軒屋で、中は一通りの家具と電化製品、生活用品が揃い、普通に家族が暮らしていけるような設備は整っていた。普段は使っておらず今回のように来客があった場合などに使用すると言う。
荷物を運び込み、少しくつろいだ後に外食することにした。去年は女性陣もいたため料理・後片付けなど決め細やかな対応をしてくれたが、今回はむさくるしい男だけだったので料理も作る気が起きず、外食ということで満場一致した。
KGの幼馴染から紹介された居酒屋に車で向かった。
ここで問題なのが帰りの運転は誰なのか、ということだった。
しかし話し合うまでもなく自動的に「帰りはLuisが運転するから大丈夫だよ」と任命されてしまった。
こういう場合は普段のアルコール摂取量が少ない人間が貧乏くじを引くことになる。
飾り気のない地味な居酒屋だったが、料理は最高にうまかった。
帰り際に長浜ラーメン屋にて麺をすすった。450円で替え玉おかわり自由とはすばらしい。
この日はこのまま宿に戻り軽くギターの練習をしたりして各自好きなところにごろりと横になり就寝。
7月9日(土)
午前中は宿でゆっくりして昼ごろ出発。
この日の昼の便でベースのTinoが東京から到着するので、みんなで迎えに行こうということになっていた。
宿を出るとものすごい雨が行く手を阻んでいた。おりしもタチの悪い低気圧が九州全域を包み込んでいて
大分県でも土砂崩れなどの被害が出たほどだ。
宿から空港まで2時間ほど。
相変わらず土砂降りの雨。小型機を扱う航空会社は欠航が相次いでいた。
Tinoの乗ってくる飛行機は無事に来るだろうか心配だったが、予定時間より10分ほど送れて無事に到着した。
空港を離れてそのままライブハウスに向かうことにした。
その前に腹ごしらえ。
途中で見つけた焼肉食べ放題のレストランに入り、狂ったように肉をむさぼり食った。
メンバー一同ニンニク臭くなったところでライブハウス入り。
余談だが、ライブハウスの近くに「Hotel KG」というホテルを発見。何かの因縁か。
オーナーの大津氏に挨拶をして準備にとりかかる。
セッティング+軽いリハ。
大分でも有名なジャズハウスというだけあって音響はかなりしっかりしている。
サウンド面で少々調整を加えたがほとんどすんなりリハを行うことが出来た。
Tinoのご両親がはるばる福岡から見に来てくれ(Tinoの実家は博多)ライブの途中で帰らねばならないということだったので、まだ開場前だったこともあり特別に生演奏をすることにした。
何曲か演奏してご両親も満足げだった。
さて、6時半に開場。未知の土地でお客さんがどれほど来てくれるのか心配していたが、それも杞憂に終わった。
KGの高校時代の同級生などがたくさん来てくれ瞬く間に座席は埋まっていった。
そのほか近くに住む人たちがうわさを聞いて来てくれたり、去年大分駅前のストリートで知り合ったベリーダンサーが知り合いを連れて見に来てくれたりした。
また、近くでフラメンコスタジオを運営している後藤マリさんも来てくれた。
メンバーは2階席の奥のほうをカーテンで仕切られ、そこで待機していた。
ある一定期間ごとにKGの「オーーッ!」という叫び声が聞こえる。懐かしい友との再会の際に発する喜びの雄叫びだ。
他のメンバーはその叫びを聞き客の入り具合を推測することが出来た。
7時半ごろいよいよ開演。
ステージから客席を見るとGGにしては近年まれに見る観客数である。
一曲目の「Bienvenido!」から気合全開で演奏した。
この曲は「ようこそ我が家へ!さあみんなでフィエスタを楽しもう!」という、いわば準備体操のような歌だ。
お客さんも演奏者もまず一曲目から徐々に体をほぐしていき、心も体もリラックスして楽しもうという思惑もなんとなくある。
いつものようにノリノリのナンバーを中心に演奏していったが、大分の人たちはこういう音楽は初めて聞くのかもしれない。
体を揺らしてリズムに乗っているのが分かった。演奏者としても力が入る。
今回のリードギターはMarioがつとめ、当然彼の得意曲も披露していった。
2部の最初の曲が「Liberte」というGipsy Kingsの名曲インストゥルメンタル。これをMarioが恐ろしく上手に完璧に弾きこなしてくれた。
サウンドだけ聴いているとまるで本当にTonino Baliardo(Gipsy Kingsのリードギタリスト)が目の前で演奏しているかのような錯覚に陥る。
ノリを保ったままライブも終盤。
一応最後の曲として考えていた「Bamboleo」で客席オールスタンディング。続いてアンコールに用意した曲でも会場はさらに盛り上がるばかり。もう2曲くらいアンコールの曲を演奏したが、それでも客席の熱気は収まらなかった。
ボーカルのKGは予想外の展開にかなりの疲労だったに違いないが、客席から後押しされ引くに引けない状況だった。
故郷に錦を飾るため中途半端には終わらせられない。
ここで一旦演奏を切り上げたかったがそうもいかず、客席流しライブに切り替えた。
生ギターで各テーブルを周り、力いっぱい演奏する。
お客さんとして来ていたベリーダンサーの人たちやフラメンコの方々が率先して踊ってくれて会場は興奮の坩堝と化した。
2階席のテーブルも全て周って、ここでひと休憩入れたいところだが、お客さん達の視線が熱すぎる。
再びステージに戻ってPAにつなぎ、「Volare」を演奏。
精魂尽き果てたKGを見て店のオーナーが「ドクターストップ」をかけた。
とてもいいタイミングでライブの幕を閉じることが出来たと思う。
汗ダクダクになったメンバーは来てくれたお客さんに挨拶。
ライブ後は軽く打ち上げを行ったが、KGの昔の友人や地元の知り合いが一緒に残っていろいろな話で盛り上がった。
KGのお父さんも気分が高揚して誰彼ともなく話しかけていた。KGも年をとったらこういう親父さんになるんだろうなと思わせるものがあった。
今回のライブは大成功だったと思う。宮古島のように毎年恒例イベントとしたい。
来年は今回のライブに来てくれたKGの友人達がたくさん知り合いを呼んでさらに盛り上がることに違いない。
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2004年09月04日
ジプシーフィエスタ in 大阪
もともとGGメンバーはインターネットを介して知り合ったようなもの。メンバー紹介のページをみて頂けると分かるが、初期のメンバーはあるネット上の掲示板の書き込みがきっかけとなって知り合うことができた。
久々にその掲示板の過去ログをのぞいてみた。
ちょうどジプシーキングが来日していた頃で、日本中のGKファンがその思いをそれぞれの気持ちを込めてネット上に書き込んでいる。
そんな中、私(Luis)も本名で書き込みをしており、なにやらバンドメンバーを募集している。
今となってはなつかしいなあと思いつつ、その他の過去ログも見てみると、見覚えのあるハンドルネームがずらりと並んでいる。
その中の何人かは関西に住む方々で、ネットを通じて今でも交流を保っている。バンドを結成してからも当然メールなどのやりとりは続き、ジプシールンバのサイトを新たに立ち上げたのをきっかけに、ついに去年の9月、初のオフ会が東京で行われた。
オフ会と言ってもGGのライブがメインで、関西のジプシールンバファンとGGメンバーのプチ交流会みたいなものだったのだが、いつもメールなどでしか会話できなかった人たちと直に話すことができ、かなり有意義な時間を過ごすことができた。
・・・そして1年経った今年の9月、今度はGGが関西へ行く機会が訪れた。
1年前に東京まで会いに来て頂いた方たちが、現地の手配(宿泊・会場予約・集客など)をほとんど担って頂き、GGメンバー(今回参加はKG、Paco、Luis、Perry、Tino、Kiko)は、何も気にせずとにかく大阪へ行くだけ、という状態だった。いつかは大阪でライブを、と考えていたのだが、こういう形で実現することになるとは、とてもありがたいことだった。
大阪へは交通費を浮かせるために自動車一台での移動となった。
今回がんばったのはメンバーのKiko。自動車リース会社勤務の彼は車の運転は慣れたもの。(他のメンバーもみな運転はできるのだが、結局往復の全工程を彼が一人で運転してしまった。)
朝早く各待ち合わせ場所でメンバーを一人一人拾っていき、一番最後の待ち合わせポイントで、一番心配なKGを時間どおり拾うことに成功した。
さいさき良くスタートし、東名高速、名阪高速をひたすら走り、大阪へ着いたのは午後1時ごろ。昼食を済ませ、この日宿泊するホテルへ移動した。
部屋割に関しては喫煙者と非喫煙者に分けられた。今回のGGメンバーの中でタバコを吸うのはPerry、Pacoだけなので、自動的に彼ら二人はヤニーズ事務所へ。Tinoはなんとタイミングよく仕事で大阪へ来ていたので、このホテルで合流することができた。
「たこやきを食べるんだ!」と意気込んでいたKGは結局疲れが出て深い眠りへ。LuisやKikoも然り。
・・・夕方頃目を覚まして、ライブ会場がある福島という場所へ移動した。
なにせ、大阪の地理はほとんどわからない。電車に乗る段階でかなり戸惑ってしまった。大阪駅は関東で言うと新宿駅くらいに相当するのだろうか。大阪駅は、駅というよりステーションだった。慣れぬ土地で田舎モノっぷりを発揮しつつも、電車を乗り換えるなどしてどうにかこうにか会場にたどり着くことができた。
会場は普段はレンタルスタジオとして使われる様だが、フラメンコのライブなどもよく開催されているという。
とてもきれいなスタジオだった。
会場の音響設備と持ち込みの機材を組み合わせ、ステージのセッティングを始める。
開場が18:00だったが、なんとかリハーサルも済み、2階にある鏡張りの控え室でしばしの休息。次々と来場されたお客さんから差し入れがあったりして、メンバー一同すこぶる感激した。
今回の衣裳は「血液型B型の人間は黒、それ以外は白」と決めていたのだが、B型のKGとPacoは見事に失念し、なんのためらいもなく白い衣裳を着ていた。それを見た同じくB型のKikoはやるせない様子。彼だけ衣裳が黒だ。
さて、ライブ本番だ。今回はバイラオーラのLunasolさんが共演。華麗なジプシールンバ・ダンスとカホンで演奏を盛り上げてくれた。
ジプシーキングスの曲とGGのオリジナルを絡めて、徐々に開場の温度を上げていった。
ただ、スタジオの構造上、なんとなく「発表会」的な雰囲気になってしまい、最初のうちはいつものようなフィーバーには至らなかった。
そこで、1部終了の後におなじみの客席流しライブ!最近これが客とコミュニケーションを図る常套手段となっている。ボーカルのKGも力ずくで盛り上げる荒業を身に付けたようだ。
第2部開始後、演る方、見る方、徐々に熱を帯びていった。
狂乱のギタリスト、Pacoも最後の方はLoco(狂気)モードに突入した。ちなみに最近の彼のあだ名は「Manitas de Bomba」となっている。直訳すると「爆弾ハンド」。敬愛する本場のギタリストManitas de Plataにちなんだ呼び名である。
ライブ終了後、まだ覚めやらぬ熱気に押されてアンコールを2曲。ラストは「Bamboleo」で幕を閉じた。
なんだかんだで最終的には盛り上がって、楽しく終わることができてよかった。また次回へつなげたいところだ。
ライブ会場を後にして、次は2次会だ!実はここから先が本番だったりする。場所は大阪の繁華街のとある居酒屋。個室を借り切っての「フィエスタ」だ。
酒がまわってくるとGGメンバーが次々歌い出す。普段ライブでは歌わないメンバーもここぞとばかりに歌う、歌う。Lunasolさんや、その他フラメンコに心得のある方たちも音楽に合わせて踊る。
「仲間」とともにすごした大阪の夜は、まさにジプシーフィエスタだった。
翌日、兵庫県の芦屋まで車で行き、Lunasolさんの行きつけのカフェで軽く演奏させてもらった。
ボサノバやブラジルギターのライブも頻繁に行われるということだが、ひょっとしたら次回のGG大阪ライブもこちらにお世話になるかも。
なにはともあれこうしてGGの初・大阪遠征は無事に終了した。
帰りはまたはるばる車で東京へ・・・。
投稿者 gipsygroove : 22:56 | コメント (0) | トラックバック
2004年04月12日
GGの湯布院ツアー
去年は沖縄県の宮古島に2回も演奏旅行する機会に恵まれたGGだが、今回は大分県の別府・湯布院方面へ遠征することになった。
ボーカルKGの幼馴染みが結婚するということで、披露宴での演奏が主な目的だった。
そう、湯布院はKGの故郷でもある。
うまい具合にバンドメンバーとその関係者の誕生日が絡んでおり、例によってJALのバースデー割り引きを使うことが出来た。当初の参加メンバーはKG、Luis、Paco、Mario、Perry、Masatitoの6人だったが、出発直前になりPerryとMasatitoが参加断念せざるを得なくなり、結局メンバーは4人だけとなった。
それに加えてマネージャーとバンド関係者あわせて2人、さらには女性フラメンコ舞踊"ギャング"集団の「Fiesta de Noche」のメンバー4名が参加することになった。
総勢10名での出発だ。
当日、出発時間が朝の9:40と早かったため、なるべく早めに集合時間を設定した。前回の宮古島行きの時、時間に余裕を持たずひどい思いをした教訓を活かすためだ。
・・・しかしこのジプシー集団にはそういう教訓はあまり意味が無かったようだ。
実際時間までに到着したのは2人だけで、あとは30分から1時間ほど遅れて現れた。まあ、それでもチェックインは間に合ったのだが、最もひどいのはKGだ。なんとあろうことか出発の15分前くらいにやっと現れ、結局慌ただしく飛行機に乗る羽目になった。
後で彼に「なぜいつも遅れて来るのだ?」と叱った所、非常に興味深い返答があった。
「昔飛行機に搭乗する時、ギリギリで間に合わず、エコノミーの席が埋まってしまっていたんだけど、ビジネスクラスの席に振り分けられたんだ。ラッキーだった。またこういうことがあるかもしれないのでいつもギリギリに行くようにしている。」
・・・完全になめてる。
さて、なんとか羽田を後にした一行は大きなトラブルもなく1時間弱で大分空港に到着した。
そこではKGのお父さんが出迎えに来ており、挨拶をかわしたりした。以前に上京された時GGのライブを見に来てくれたのだが、それ以来である。
レンタカーを借りる等して一行は別府方面へ。とりあえず名物のだんご汁などを頂く等して、一息つく。
何は無くともせっかく別府までやってきたのだからまずは観光だ。
別府と言えば有名なのは「地獄巡り」。地元民のKGがガイドさん的な役割を果たし、一行を引き連れて一通りの「地獄」観光を行った。
鉄分を含んだ真っ赤な温泉「血の池地獄」、数十分ごとに吹き上げる間欠泉「竜巻き地獄」、真っ青な泉をたたえる「海地獄」など見どころ満載だ。しかしいくつかの地獄は植物園や水族館、動物園やワニ園等を無理矢理併設して客寄せに苦労しているようでもあった。地獄を管理しているのがずばり「別府地獄組合」という恐ろしいネーミングの団体で、夜な夜な地獄の会議を開いて新たな地獄プランでもひねり出しているのであろうことが想像される。
またもうひとつの名物である「泥湯」にも漬かる機会に恵まれた。
泥湯とはまさに泥まみれの温泉であり、お湯に漬かるというよりは沼地にはまるというニュアンスだろうか。はじめての体験にみな大満足の様子だった。
かなり広い浴場で、奥の方はなんと混浴となっていた。そこでうまい具合に女性陣とミーティングすることが出来たが、のぼせない内に退場した。
観光もそこそこにこの日は早々と宿へ向かった。
今回の宿はKGの実家の別荘。自然豊かな山の中腹に位置し、周りには人気が無く、「合宿」をするのに最適な場所と言える。部屋数も豊富で台所や洗面、寝具等の設備も充実。まさにどこかのペンションを借り切ったような気分になり一行は早くも大満足。
荷物を下ろしてそれぞれ夕食の準備や買い出しなどを行った。
女性陣が料理の下ごしらえを担当し、GGメンバーの野郎ども4人は風呂場という「スタジオ」を占拠してのプチ・ライブ!散々音を出しても周りに人気がないため何の文句も言われる心配もなく、やりたい放題といった感じだ。
準備が整ったところで 広々したバルコニーでの Fiesta de Noche (夜の宴)が始まった。
春の到来、外は暑くもなく寒くもなく、打ってつけのナイトバーベキュー日和だった。女性"ギャング"集団もおおはしゃぎ。酒池肉林のあと、パルマ教室も始まってしまい、山じゅうに響き渡る手拍子のサウンドがより一層あやしい雰囲気をかもし出していた。
夜も更け野外はさすがに寒くなって来たので部屋の中へ移動して、しばらくフィエスタは続いたが、とにかく一日目無事終了。
二日目。GGメンバーは朝早く車で大分市内へ。本来の目的である結婚式演奏を遂行するためだ。
車で1時間ちょい、大分県の県庁所在地へやって来た。まずは会場入りしてマイクチェックなどの音響確認。1〜2曲リハーサルしてとりあえず待機。本番まで時間があったので大分市内の観光に出かけることにした。
KGは結婚式列席のため会場に残り、あとの3人でぶらぶら何をするわけでもなく町中をぶらついた。
感じたことは街を行く人の数が東京に比べて断然少ないということだ。地方都市とはこのようなものなのだろうか。普段渋谷とか新宿とかを行き来する我々東京人にとってある種の新鮮さを味わうことができた。
楽器屋や電気屋を冷やかした後、喫茶店でダベリモード。時間が来たので再び会場へ。
控え室で準備を行い、KGとも合流し、いよいよ出番の時が。
会場はかなり豪勢な演出で、テレビカメラが撮る映像が巨大なスクリーンに表示され、さながら芸能人の披露宴会場のようだった。
司会者さんの紹介で演奏開始。「Volare」「Djobi Djoba」「My Way」の結婚式盛り上げ3点セットで決まり。テレビカメラでドアップに映し出されるので演奏する側は妙なプレッシャーを味わうこととなった。 しかし通常見る事の出来ない光景に会場は大盛況。結果オーライという感じだ。
短い間だが「仕事」を終え、あとはまったく自由な時間が与えられた。
会場関係者と軽く挨拶をかわし、その場を後にしたメンバーはストリートへ繰り出す。遅れて大分市にやって来た女性陣とも合流し、駅前の路上の一角スペースを確保。
もう一つの目的、ストリートライブの始まりだ。
午前中は人通りもまばらだったが、昼を過ぎるとそれなりに通行者数も増加し、我々の演奏にも力が入った。
チラチラと流し目をくれる人、遠巻きに眺める人、見て見ぬふりをする人など、なかなかシャイな一面を見せる大分県民の方々。そんな中、たまに「心の琴線」に触れてしまう人もいらっしゃる。
我々の演奏を耳にするや一目散に飛んで来て目の前に陣取り、周りを気にせず体をシェイクさせる女性、突然激しいベリーダンスを踊り出す女性など、「熱い」方たちとも巡りあうことが出来た。演奏が波に乗るとギャラリーも多く集まり、CDを買ってくれる人もチラホラ。やはりストリートはGGの原点である。いろいろな人との出会いの場でもある。前述のベリーダンス・ウーマンとも打ち解け、次回大分に来ることがあったらGGの専属ダンサー大分県代表に指名する予定である。
先ほどの結婚式の主人公である新郎さん(KGの幼馴染み)やその友人なども見に来てくれたりして楽しい時を過ごすことができた。
また、東京のようにすぐにどこかから警備員や警察官などが飛んで来て注意されるということもなく、安心してプレイすることができた。
しばらくして場所移動。街のメインストリートでもあるアーケード街に侵入し、噴水のある広場で何曲か演奏した。その後さらに場所を変え、アーケードの下の角地に落ち着き、そこでもしばらく演奏した。
先ほどと同様興味を抱いた通行人諸氏が足をとめ演奏に聞き入る。
感動のあまり結構な額のお金を置いて行く人もいた。
突然踊りながら近寄って来た外人はお金だけポーンと投げ入れ、すぐに去って行った。うーむ、クールだ。
店じまいをする近隣の商店の人たちも文句を言うわけでもなく、じっと楽しそうに見守ってくれた。
ドカーンと人が集まるわけでは無かったが、何か地方の人々の暖かみのようなものを感じることができた。
この後、先ほどの新郎新婦を始め、KGの旧友達が集まる宴会場へ乗り込み、そこでも演奏や女性達による踊りを披露して盛り上がった。KGの古き友達はとても愉快な人が多く、GG一行も楽しむことが出来た。
車で宿に帰還し、軽くフィエスタをしてから就寝。内容の濃い二日目も無事終了。
三日目は残りの観光をしてあとは「悲しき東京」へ帰るのみだ。
昼ごろまでのんびりして一行は宿を出発。時間が限られていたが湯布院の観光化が進む地域で車を降り、軽く散策した後にうっかりまたストリートライブをやってしまった。
ほどよく人が行き来する駐車場を見つけ、そこの管理人のおじさんに許可を得ての演奏。おじさんは最初「演奏がまずかったらやめてもらうよ」と強気な発言でプレッシャーをかけてくれたが、しばらく演奏を聞くと、自らアイスコーヒーなどを持って来てみんなにふるまうなどしてくれた。どうやら演奏が気に入ったようである。
時間が無かったので数曲やって退散。他のおじさんからは「もう少ししたらもっと人が来るのに、もう行っちゃうの?!」と声をかけてくれる程だった。再び地元の人の暖かみに触れたひとときだった。
別府に戻り地獄巡りの残りを消化するなどして、いよいよ大分ともお別れの時。KGのお父さんに見送られ、一路東京へ。
宮古島に次ぐGGのローカル拠点となりそうな今回の大分ツアー。次回は合宿という名目で行くかもしれないが、とにかく楽しく、「暖かい」3日間だった。
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2003年12月14日
宮古島遠征 Part2
今回で2回目となるGGの宮古島遠征。前回(6月)はGGメンバー4人が参加したが、今回はメンバー7人+家族や関係者など含めて14人という大所帯での遠征となった。
今回は総じてハプニングが多かったような気がしたが、その一部始終を追ってみよう。
しょっぱなからハプニング
12月12日いよいよ出発当日。今回参加のメンバーはそれぞれ旅の支度をし、一路羽田空港へ向かった。
なにしろ朝早い便(7時半出発)なのでそれぞれの家を出るのもかなり早い時間となった。前日に東京までやってきたメンバー北関東代表PerryがLuisの自宅に宿泊し、当日はMario氏の車で羽田へ向かった。ギターや手荷物の他、スピーカーやアンプなどのPA機材も持っていかなくてはならなかったためMarioのいかついVOLVOが大活躍。
空港に到着したのは6時すぎだろうか。しばらくしてメンバー南関東代表のSayaが現れた。その意外な程の荷物の少なさぶりにしばし圧倒された。
その他のメンバーはまだ来ないようなので朝食にカレーなどを食していた。再び空港ロビーに戻ると既に今回参加のメンバー+関係者が全員集結したところだった。
ジプシールンバ特攻隊長のKikoは何と家族総出での参加。ずいぶんと巨大化した長男の斗仁衣乃(トニーノ)と今夏世に現れた次男の魅芸流(ミゲール)ももちろん参加。【断:名前はもちろんコードネーム。GGメンバーが勝手に呼んでる】将来の日本のジプシールンバ界を担う2人にとってはきっと刺激的な旅になるに違い無い。しかし、ちょっと元気がない。朝なので機嫌が悪いのであろうか。
メンバー西東京代表・Pacoは夫婦で参加。奥さんのYuriさんは最近、PacoはもとよりGGのアシスタント的存在になりつつある。前回の遠征に続いて2度目の参加となった。
そして最後にひょっこり登場したのはGG営業部のボーカルKG。実は第一の心配材料として、「彼がチケットを全て預かっている」ということがあった。出発前にメンバーどうしで連絡を取り合うのだが、決まって出る言葉が「ケイジさんちゃんとチケット持ってくるかなー?」というものだ。それほど彼の失念力はものすごい。
しかし事前に確認につぐ確認をした結果無事チケットも人数分持って来ており、事なきを得た。
今回はKGの知り合いの女性2人組も我々のツアーに同行することになった。赤ちゃん(Kikoの一家)なども含め、総勢14名という大人数での移動。
さて、飛行機に乗る前にチェックイン(搭乗手続き)をしなくてはいけない。メンバーそれぞれグループに分かれて空港係員の言われるがままにカウンターの前に並ぶ。しかししばらくしたら先頭にいたKGが「ここじゃないらしい!」と叫びだし、一同別のカウンター前へ。しかしそこもチェックインをするところではないらしく、結局カウンターの端っこにあったマシーンにチケットを挿入してチェックインを済ますという、なんともハイテクなものだった。しかし時間がもうかなり押し迫った状況だったので、かなり慌ててのチェックインとなった。
旅行者は各自機械にチケットを通すわけだが、前述の通り時間がなく、団体行動では無くほとんど個別にその作業をすることによって時間短縮をはかった。
Luisがチェックインをなんとか済ませ、残るはPaco夫妻。Pacoは「どうやればいいのかな?」とLuisに尋ねるものの、かなり慌てていたため適当にやり方を指示した。そして「じゃ先に行っているよ!」ということでその場を離れたのだが、それが第一のハプニングへ繋がるとはその時思いもしなかった。
・・・慌てて出発ゲートに下り、飛行機への送迎バスに滑り込みセーフ!人数の多いKiko一家もギリギリセーフ!そこでバスのドアが閉められ飛行機へ向かって動きだした。
ところが、最後にチェックインを済ませたはずのPaco夫妻が乗っていないことに気付いたメンバー。すぐに携帯電話で連絡をとるものの、信じられないような返事が返って来た。
「まだカウンターの前にいる。チェックインが出来なかった!飛行機に乗れない!」
これは一体どういうことだろう?
バスが飛行機に横付けされ、乗客はそれぞれ機内に乗り込むわけだが、事情を説明してもらうべく空港係員に詰め寄るKGとLuis。GGという一つのファミリーにとって、これは一大事である。
空港係員いわく「ほんのちょっとの差で機械が受付を締め切ってしまったのだと思います。」
そういうことなら人間がなんとかして対応して、飛行機に乗れるようにしてほしい、と嘆願したが、結果、それはNOということだ。これほど理不尽なことはないと、あくまで主張を曲げない2人だったが、無情にも時間通り動き出す飛行機。とても残念な気持ちでの出発となってしまった。
・・・落胆するGGメンバーにグッドニュースが入ったのは飛行機が滑走路を移動し始めてすぐのことだった。
「ただいま飛行機のエンジン部に不具合が発生したため、一度戻ります。」との機内アナウンスが入ったのだ。「おお!これで彼等も乗ることができるかも!」と希望の光が見え始めた。機内では電話が出来ないため、飛行機が整備の為に止まった段階で電話を入れる。
しかしこれまた信じ難い返事がPacoから返って来た。
「キレちゃいました!」
普段温厚な彼がキレるとはよほどのことがあったのだろう。なんでも警察沙汰になってしまったらしい。空港係員の話によると「そういう乗客は同じ飛行機に乗せることはできない。」ということだ。それはおかしな話だと再び詰め寄るKGとLuisだったが、どう言うわけか別の飛行機なら大丈夫らしく、結局、彼等2人は宮古島直行ではなく、那覇経由の夕方宮古島着の便を確保できたらしく夜のライブには間に合うということだ。
しょっぱなから山あり谷ありで手に汗握る展開だが、とにかく参加メンバー全員が宮古島に行けるのは間違いないようだ。
我々の飛行機は3時間遅れで東京を経ち、昼過ぎに宮古島へ到着することになった。航空会社の融通のきかない対応や整備ミスに対して抗議するわけでは無いが、これから始まる楽しい旅行気分が台無しになってしまったのは言う間でも無い。
FMみやこでリベンジ!
さあ、気を取り直して、宮古島到着!しかし運悪く曇り空で風も強い。それでも涼し気な心地よい気温で緊張した気分もようやく緩やかになってきた。
しかしここでまたハプニングが発生した。Kikoの長男、斗仁衣乃が体調を崩し、病因送りになってしまったのだ。あとで分かったことだが、なにやらウィルス性の胃腸炎にかかってしまったらしい。幸いにも大事には至らなかったようだが、長時間の飛行機搭乗中に油断した幼い体に妙な病原体が侵入したことも考えられる。
Kikoは家族とともに宮古島の病院へ付き添うことになった。
さて、空港へ出迎えに来たのは前回のライブでもお世話になったライブハウス「Beema-Beema」の店長日置さんとキーパーソンのさやねえだ。(詳しくは前回の遠征レポートを参照)一同は予約しておいたレンタカーでライブハウスに向かった。
久々の宮古島ライブ会場。「帰って来た・・・」という感じがして、いきなり感慨深くなってしまった。
ウェルカムドリンク(オリオンビール)を飲み干し、早速機材の搬入とセッティングにとりかかる。いつもみたいに時間に追われての準備ではなく、のんびりと余裕を持って組み立てていった。最近新たに購入したPA機材を巧みに操作するグレートアドバイザーMario。彼がいなくては何も始まらない。
一通り準備を終えて、一行は車で街の郊外にあるFMみやこ放送局へ。郊外と言ってものんびり走って15分くらいのところ。森と泉に囲まれたステキな場所だ。2度目のFMみやこ出演。はじめて来るメンバーにとっては当然はじめての経験だ。
DJブースには前回と同じコワモテのファットボイスDJ氏の姿が。挨拶もほどほどにすかさず室内のマイクの前にそれぞれ陣取る。前回はマイクの前の椅子に座って、なんだかかしこまった雰囲気になってしまったので、今回は基本的にスタンディングプレイで行うことにした。
それと、前回、DJ氏が我々のことを「ジプシーグループス」とかなり無理のある呼び方で呼んでいたので、その点を指摘するとすぐに修正・改善を意味する返答を頂いた。
さて、CMが終わり、番組に主導権が渡ったと同時に「GO!」サイン。PacoがいなかったのでLuisとMarioが代わりにリードギター役をつとめ、演奏開始!よく慣れ親しんだオリジナルの曲「Ole y Ola」をおもむろに披露した。慣れなのか心構えなのか、前回のような緊張感はさほどなく、いつものようにノリノリで演奏することができた。
「イッッエーーイイ!」とDJ氏が吠え、我々を紹介。今度はちゃんと「ジプシーグルーヴ」と言えたようだ。軽くトークを交え、2曲目を演奏。比較的やりやすい「Bamboleo」をオン!いい感じのノリが味わえたことだろう。再びトークに戻り主にLuisがしゃべる。今回はトークを少なめにして曲を多くするという方針らしく、最後にもう一曲披露することになった。勢いにのってオリジナルの「Mirando Estrellas」を演奏した。
「イッッエーーイイ!ありがとうございましたー!ジプシーグループスのみなさんでしたー!」
おいおい、戻ってるよ。
何はともあれ、2度目のFMみやこ出演を果たし晴れ晴れするGGメンバーであった。
ライブ1日目・狂乱の極み
ラジオ出演後、各自宿に戻りしばしの休息を得る。
夜、再びライブハウスに集結。ステージ近くのテーブルに陣取り、まずは乾杯。
しばらくすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた・・・。Paco夫妻到着だ!いろいろあったがようやく再会することができた。とにかく乾杯!
話を聞くと那覇でも飛行機が遅延して到着が遅れてしまったらしい。また、羽田での「事件」も話しの食い違いがあり、いよいよ航空会社への不信が募る一方であった。
まあ、いやなことは忘れて今宵は宴を存分に楽しもう。
メンバーはそれぞれステージにあがり、楽器やマイクのチェックをすませ、突如演奏を始める。1曲目は確か「Rumba Bohemia」だった気がする。最近のGGのオリジナル曲だ。客席を見るとそれなりに席が埋まっている。はじけたい地元民とたまたま迷い込んだ旅行者が程よい割り合いでミックスされている。
1曲目だけでは若干のうねりが感じられただけで、まだまだこれからという感じだが、曲を重ねていくごとに、徐々に空気が熱くなるのを感じた。
そしておなじみの「Volare」を演奏すると、待ってましたと言わんばかりになだれのように客席方面より絶妙なダンシング攻撃を受けることになった。踊りのタイプからして地元の人々なのだろうと思うが、その狂いっぷりもたいしたものだ。ステージ付近へつめより、演奏者にとっても脅威となった。しかしお客さんがこれほど盛り上がってくれるとこちらもそれに比例して熱が入り、いいプレイができるというものだ。
それにしても気付いたらまだ第一部。会場は既に「出来上がった」客で埋め尽くされており、我々に休ませる暇を与えてくれなかった。
一応休憩を入れ、水分や食料を補給するが、雰囲気的に「早くヤレー!」という感じだったので、だらだらせずにすぐに第2部に突入した。
このころよりギターおよびハレオ担当のKikoが復帰。宮古に着いた早々家族の病院付き添いなどで疲労が増していた彼にとってライブはまさに絶好のストレス発散となることだろう。
第2部はまた初めからオーバーヒートぎみで演奏することで、お客さんのテンションをギアチェンジ&シフトアップさせる。というより、泡盛が各体内に充満しているため、自動的にテンションが上がるような体制が出来上がっていたとも言えるだろう。
1ステージ50分くらいで約9曲を演奏するのだが、そのほとんどに関して宮古島民によるダンスフィーバーが花を添えてくれた。通常速いテンポの曲でノリに乗った時、体が揺れるものだが、もはや思考回路がストップした彼らにとって、どんな曲をもダンスの対象にしてしまうことが分かった。
例えばオリジナル曲の「Gipsy Road」の前にリードギターPacoのソロプレイがあるのだが、そのメロディーにあわせて社交ダンス的な舞を見せる人々さえ現れたほどだ。東京では見られない光景にGGメンバーも次第にはまっていった。
第2部もあっという間に終わり、しばしの休息後、今度は流しスタイルで各テーブルを回ることにした。前回のライブでは思いつきで各テーブルを「流し」たのだが、今回は意図的に盛り上がってきたお客さんを更に興奮させるべく、密着したコミュニケーションを図ることにした。
「Volare」や「Bamboleo」「Djobi Djoba」などのノリノリジプキンナンバーを次々に炸裂し、お客さんはもとより店の従業員を含むすべての人の心をヒートアップさせるに至った。
間髪をいれず、怒涛の第3部の始まり。
このころになるとメンバーもみな既にクレイジーモンキー。Pacoはいつものように狂人ぶりを発揮するばかりか、何かしらオーラのようなものも感じた。おそらく今日の飛行機乗り遅れ事件でかなりのストレスがたまっており、それが見えない気合となって現れたのだろう。
ギターをゴルペする勢いがいつにも増して激烈だった。
他のメンバーもPacoにつられるまでもなくそれぞれの「狂気」ボリュームを上げていった。
普段は演奏に夢中で踊りどころではないPerryも自慢のペリーダンスを披露。たぶんギターのコードを間違えまくっていたことと思うが、そんなことはお構いなしだ。
ストレス発散中のKikoも自らステージ前へ踊り出て、味のあるバイレを繰り広げていた。日ごろ本場のジプシーたちの演奏風景を研究している彼だけに、その踊りも意外と上手だった。負けじと私Luisもギター片手に珍妙なダンスを披露した。
普段パフォーマンスに乏しいSayaとMarioでさえも微妙な横揺れをリズムに乗せて起動させていた。
ボーカルKGは迫り来るお客さんのウェーブ現象にひるむことなく、地響きのようなはちきれヴォイスを脳天から搾り出しているかのようだった。
最後のほうになるとお客さんの方の理性が失われ、曲中なのに「アンコール」が巻き起こるほどだった。
ラストを飾る曲「Buenas Noches」は曲の途中でブレイクし、メンバー紹介をする仕掛けになっているのだが、少しでもメロディーがストップすると「アンコール、アンコール!」とハイエナのように群がる偉大なる酔っ払いたち。「まだ終わりじゃないっつーの!」と客にツッコミを入れるKG。
1日目からものすごい勢いでライブが行われたが、とにかくお客さんの熱い魂(というよりは酔っ払い魂)に後押しされて、大盛況のまま終演を迎えることができた。
2日目・事件発生
真夜中までライブが行われた1日目が終わり、宮古島のゆったりとした時間の流れに身をまかせ、2日目の朝を迎えた。飲みすぎたメンバーはそれぞれ「うっちん茶」(ウコン茶)を飲むなりして自主的に酔いを覚ますことにした。
昼過ぎに集合したメンバーを含む団体一行は車で名物のソーキそばや宮古そばなどを食べに穴場の食堂へでかけた。前回の来島時にも立ち寄った「中身重視」のワイルドなお店だ。
無造作に置かれたテーブルと椅子、粗末で飾り気に乏しい壁に囲まれた、どこか懐かしい感じのする食堂でそれぞれ沖縄料理に舌鼓を打つ。
続いて訪れたのは宮古島の東端と思われる東平安名崎という観光スポット的岬。
風が強かったが晴れ間も見え始め、美しく透き通った海と光まぶしい太陽の贅沢なコラボレーションを存分に味わうことができた。
さらに次に訪れたところは、前回も好評だった吉野海岸という隠れた名所。
あまり観光開発もされておらず、夏のシーズンでも人出が少ないくらいだから、冬のこの時期に訪れた我々にとってはまさにプライベートビーチそのものだった。
このころには晴れ間も消え、風が強く、肌寒い感じもしたのだが、せっかくだからと持参した水着とウェットスーツを着込むKG、Luis、Perry。仮にGGマリーンチーム3人衆と名づけておこう。
KGはなぜだか緑色のスーツを着用しているため、皆から「カエル」だの「カッパ」だの呼ばれていたが、準備体操する姿はまさに「ケロッコデメタン」を感じさせるものがあった。
見た目は寒い海っぺりから、思い切ってダイブすると、そこにはこの世のものとは思えないほど美しい海の世界が広がっていた。天気が悪く透明度は若干落ちているはずの海中だが、色とりどりの魚や珊瑚に魅了され、改めてこの島の自然の豊かさを感じたものだ。
車で再び市街へ戻り、宿に戻って休憩を入れ、2日目のライブに望むため「Beema-Beema」へ向かった。1日目と違い、少し客層も異なっているようだった。
1日目はとにかく踊り狂いたい人々が群れをなしていたのだが、2日目はどちらかといえば、ゆったりじっくり聞きたい人々が多かったように思える。
前日との違和感に戸惑いつつも、とにかくいつもの勢いでライブ開始。1部、2部と割合落ち着いたムードで進んでいった。
第1部に新メンバーとして登場したのがKikoの息子Toninoだ。前日の体調不良から復帰し、得意げにマイクをあやつる彼の姿は将来の大物を思わせるものがあった。ギターの代わりにウクレレなどの小さい楽器を手に持つなりして、もはやメンバーの一員として認められつつある。しかし古来からの「良い子は早寝早起き」の教え通り、1部終了と同時に勇退する。
さて、会場の様子は、と言うと・・・お客さんの入れ替わりも何度かあり、底抜けの盛り上がりに達するには程遠いものがあった。前日よりさらにハードになるものと予想していたメンバーにとってはちょっとした拍子抜け状態である。
2部終了後、景気付けに「流し」をやろうということになり、前日と同じように各テーブルを巡りめぐって、会場のヴォルテージを徐々に上げていくことにした。
よくフラメンコは「アート」だといわれるが、ジプシールンバは一方で「エンターテイメント」と位置付けてもいいだろう。そういう我々は「エンターティナー」なわけだから、お客さんを楽しませなければいけないという潜在的な使命感のようなものがある。
自分たちも楽しみ、それを鑑賞している人も楽しい、というのが理想である。
ボーカルのKGやギターのPacoはその最たるもので、とにかく会場を盛り上げるべく奮闘するのであった。
旅行者らしきカップルがカウンター付近に座っており、2人の世界を作っていたのだが、KGの脅威はそこら辺にも及んだ。結果、半ば強引にカップルをGGワールドに陥れることに成功した。
さて、その勢いを保ったまま第3部に突入。速いテンポの曲とゆっくりのテンポの曲をバランスよく放出していった。
ゆっくりな曲の代表格としてジプシーキングスの「Un Amor」があるが、それを演奏中にまたハプニングが発生した。
曲に集中していたメンバーは最初気付かなかったのだが、ふと前方に目をやると、人が一人倒れていた。異常事態発生に急遽ライブを中断。医療関係に詳しいPacoの指示でそのお客さんを横にさせ、症状をうかがう。Pacoに言わせれば「かなり危険」な状態だったらしく、救急車を呼ぶことになってしまった。そのお客さんは我々の演奏をじっくりと聴いていてくれていたが、ついつい酒が進んでしまったのだろう。大事をとって病院へ行って頂くことにした。
さて、急激に冷めてしまったライブフィーバーをいかに復活させるか。今回のライブの正念場だ。ひとまず休憩を入れ、「第4部」と銘打ってライブ再開。今度はもうどうでもいい、狂ってしまえ、という勢いでノリノリのナンバーを立て続けに演奏した。すると、前日に狂乱していたお客さんの一団が入ってきてくれ、踊り始めた。また、程よく酒のまわった外国人のグループも入ってきて、何人かがその輪の中に加わった。人数こそ少なかったが、前日のようなノリをどうにか取り戻すことができたように感じた。
ライブもいよいよ大詰め。「スケジュール上」ラストの曲を演奏したあとに、まだ納得いかないというお客さんから「アンコール」の嵐。少し間をおいて「Tristeza」という哀愁系高速ルンバを演奏した。あまりアンコール時に演奏したことのない曲だが、ストレートで心憎いジプシールンバの真骨頂的ナンバーである。
そんな熱いメロディーを奏でているときにまたまたハプニング発生。
突然お店全体の電力が失われ、あたり一面真っ暗闇、音響機材もその威力を失ってしまったのだ。
0.5秒ほど心の動揺と精神的たじろぎを感じたが、プレイをストップすることなくそのままスピーカーなしで演奏しつづけた。一瞬、映画「タイタニック」の一場面を思い出してしまったが、会場全体は大笑い。むしろこの異様な雰囲気に酔いしれてしまいそうだった。お店のスタッフは電力の回復に躍起になっていたが、一方で演奏をやめないGG。一瞬点灯してまたパッと消えて、という状況がしばらく続いたのだが、それがディスコやダンスホールなどに見られる怪しげなスポットライト効果を生み出す結果となってしまった。
ある種の心理的高揚を感じてしまったGGメンバーは、電気が復活したときには既にいい按配の狂気に達していた。明るさと音量を取り戻した会場は気分的にも明るさを取り戻し、1日目に負けないくらいの熱さで充満していた。アンコールが来る前から次々と勝手に曲を演奏するありさまだ。1日目はお客さんが狂っていたが、2日目は演奏者が狂っていた。
夜もふけ、心地よい疲労と眠気が徐々に迫ってきた段階でようやくライブも終了。最後はなぜだか、店内にある木のオブジェの周りをインディアンのように雄たけびを上げながらくるくる回るGGの姿が見られた。これは何の意味があったのだろう?
とにかく終わりよければすべてよし。
さまざまなハプニングに見舞われた今回の宮古島遠征ライブもなんとか楽しく終わることができ、結果的には満足のいくものとなった。
余談:最終日の珍事
ライブも終わって3日目はゆっくり観光しながらお土産でも買い、宮古島を堪能しよう、という計画があった。
また、店のマスター日置さん率いるビーチバレーチームが試合に参加するというので、応援しにGGファミリー一行は車で前浜という美しい砂浜に繰り出した。
そこでまたハプニングというか、珍現象。なぜか「Beema-Beema」チームに「Paco」の名前が。
実は昨日のライブ終了後に飲んでいる席で「僕は昔バレーボールやっていたんですよー」と得意げに話していたPacoを、日置さんが勝手にメンバー登録してしまったのだ。
少々ひるむ姿も見せたが、負けず嫌いな彼は急激に気合を高め、アグレッシブに裸足で砂浜をダッシュし、チームの一員として練習の輪に加わっていた。他のGGメンバーはそんな様子を苦笑を交えながら応援することにした。
試合開始!やたら気合が入っていて声だけ馬鹿でかいPacoは、実際体がついていってなかった。なかなか笑える光景だったが、彼のタフさと精神力の狂人さ、否、強靭さには恐れ入るものがある。今回の遠征で主人公は誰だと聞かれたら「Paco」ということで満場一致するだろう。
試合はボロボロに負けたが、またひとついい思い出ができたというものだ。
そのあと前回も訪れた民芸品店を再訪し、店員と談笑するGGメンバーたち。そこの店員とは仲も良くなり、お礼として生演奏をプレゼントしてあげた。ちょうど天気もよかったので、美しい海が見える丘の上に移動して演奏を行う。彼もきっと喜んでくれたことだろう。
ゆったり食事をしたりのんびり買い物をしたりして宮古島最終日を満喫し、夕方の便で島ともしばしの別れ。
おそらくこの調子じゃ毎年少なくとも1回は宮古に来るんだろうなー。早くも次回が楽しみである。
投稿者 gipsygroove : 22:49 | コメント (0) | トラックバック
2003年06月22日
GGの宮古島遠征
人は生きている以上運命に従わなければならないと思う。
今回のGipsy Groove宮古島遠征は、まさにそんな表現がぴったりと来るほど運命的なものあった。
東京を主な活動拠点とするGGにとって、宮古島なんて思いもよらない場所だ。今回のライブが決まる前は、その島の正確な場所さえも知らなかったし、こんな機会がなければ一生行くこともなかったと予想される。
・・・発端はストリートライブだった。出会いの多い路上でのライブは様々なきっかけをつくるのに絶好の催し物だ。バンド結成後の黎明期には路上で多くの人に声をかけられ、結果的にいくつかのライブハウスや結婚披露宴などでの演奏につながっていったものだ。
記憶を辿ろう。あれは約2年前、何かの都合でGGは品川駅港南口にてストリートライブを繰り広げていた。その時品川でのライブは2度目くらいだったろうか?屋根があり、人通りも多いことからGGの比較的重要出没ポイントとなっていたと思われる。オフィス街に面しており、帰宅ラッシュ時を狙ったため人の流れも尋常ではなかった。ところが、いかんせん東京人は当たりも冷たい。通り過ぎる人々はチラリと流し目を送るのみで、誰一人立ち止まる気配がなかった。まさに群集心理学的悲劇だ。
しかし、そんな中、我々の演奏する前にデーンと立ちはだかる女人あり。記憶を辿って思い出したが、確かに存在感のある女性だった。演奏を熱心に聞いてくれ、リズムにあわせて体を動かすその女性こそ、今回の宮古島遠征の鍵となる人物だったのだ。前置きが長くなったが、以後の展開は以下の通り。
ヘロヘロに酔っぱらったその女性にGGの名刺を渡したのは覚えている。あとで聞いた話によると、大事なカバンをなくしたりしたのにその名刺だけは大切に持っていたという。その時彼女は宮古島から東京に遊びにきており、たまたま品川近辺で飲んでいたらしい。島では新装オープンしたライブバーで働いており、GGの存在もしばらく忘れていたにもかかわらず、ある日突然名刺のことを思い出し、店長に話を持ちかけたところ、すぐOKが出たという。そのライブハウスでは実力のあるミュージシャンが多く演奏していたにもかかわらず、なぜ、どこの馬の骨とも分からぬGGに出演許可が下されたのかというと、理由は簡単。店長はジプシーキングスが大のお気に入りだったのだ。いつぞや彼等のCDアルバムをプレゼントされ、それが店の雰囲気にぴったりだったため、以降、BGMとしてよく用いることになったらしい。そんな音楽が生で聴けるとあっては、黙ってはいられないだろう。そんなわけでトントン拍子に今回の遠征ライブが決定したのだ。
ただ一つ問題があった。飛行機の運賃だ。交通費は我々持ちだったのだが、国内とは言え沖縄より遠い宮古島は行くのにもかなりの航空運賃を要求される。ところがこれも運良くJAL系列の「バースデー割り引き」にうまく引っ掛けることができた。6月が誕生月のメンバーがなんと3人もおり、そのうちの1人を割り引き対象にすることができたのだ。1人でも割り引き対象者がいればあと3人も同じように割り引きの対象となる、というステキなものだった。
しかし、さらにもう一つ問題があった。出発の2週間くらい前に急きょ宮古島唯一のラジオ局、FMみやこに出演することが決まり、その際にオリジナルのCDが必要ということになってしまったのだ。ここでがんばったのがパコ。もともとコンピューターに疎い彼だったが、一念発起し、録音編集機材一式を買い込み、今まで仮に録音した音源をただひたすら紡ぎあわせていく日々が続いた。結果的に出発日当日には出来上がらなかったのだが、そこで諦める彼では無い。ノートパソコンとギターを手に、車の中や飛行場でもその作業を怠らなかった。彼の驚異的集中力と情熱的野心には全く脱帽だ。果たして、ライブまでにCDは出来上がるのだろうか?
今回の参加メンバーはケイジ、ルイス、パコ、マリオの4人だ。そしてアシスタントとしてパコの彼女にも来てもらうことになった。(彼女は今回すばらしいマネージャーぶりを発揮してくれた。)飛行機の都合もあったのだが、とにかく今回この4人でがんばって、次回につなげることができれば、その時はメンバー全員で行ってやろうと心の片隅で密かな企みを抱いていた。
出発当日、羽田空港に集合したメンバーは眠い目をこすりつつ飛行機のチェックインを済ませた。みな平日は仕事を持っているため少々の疲労はやむを得ないが、パコは前日夜遅くにもCD製作に精をだし、ほとんど寝ていない状況だった。もはや頭の弦が3,4本ぶっちぎれている状態なので、いわばナチュラルハイで、逆に妙に元気が良かった。
ほどなくして飛行機に搭乗。夏休みでもなんでもないのに機内は以外と混んでいた。早々と席につき、離陸と同時に一眠り。しばらくして気付くと、既に沖縄近海上空にいることに気付いた。
機内の粋なアナウンスで、それが沖縄諸島の名のある島々だということが分かった。それにしても美しい。珊瑚礁が透けて見える濃い色の海が陽に輝いて、言い様のない美しさをかもし出していた。これからそんな場所へ行くのだとおもうと、いても立っても居られなかった。ふと気配を感じた方向を見ると興奮したケイジがウロウロと通路を動き回っていた。彼は出発前の2〜3日、ワクワクして寝つけなかったという。
宮古島へは2時間半くらい。もう少し飛べば台湾にも行ける距離だ。飛行機はゆっくりと着陸し、乗客はみなそれぞれの思いを胸に宮古の地を踏む。荷物を受け取り、外に出ようとするとふと大きな横断幕が目に映った。「ようこそ宮古島へ 歓迎!ジ・・・」まさか、と思ったが、実際は「歓迎!ジャパネットたかた様」とあった。一緒の飛行機だったのかな??
我々の出迎えにはライブハウスの店長、日置さんが来てくれていた。よく陽に焼けて、いかにも!という南国の男っぷりだった。空港から外へ出ると、そこはもはや夏!強烈な日ざしと異様に眩しい陽光でここが南の島だという実感が改めて湧いて来た。心配された梅雨や台風も過ぎ去ってしまったようだ。
車でまずはライブハウスに向かった。車中、店長による宮古島での生活習慣などのレクチャーがあった。宮古の人々の特徴、食文化などなど、興味深くためになることばかりだった。また、宮古の交通ルールはある種東京と異なっていた。曲がる時にウィンカーを出さない車、時速15キロで走る車、全然よけようとしない雀ども、突然出没するおばあ&おじい・・・それらに必要以上の注意を払わなければなならい。
そうこうしているうちにライブハウス「Beema-Beema」に到着した。まだ準備中で当然客が居なかったのだが、まさに我々のイメージ通りのお店だった。丸太や材木をいかした店内はエスニックな風情に満たされており、音響もよさそう。たちまち気に入ってしまった。早速リハーサルで何曲か演奏する。
そこへ今回の遠征のキーパーソンとなる女性が現れた。名をサヤカという。うちのメンバーと同じ名前だが、性格はまるで正反対??とにかくラテン気質でノリが良い。いろいろな偶然が重なりあって、今回のライブが実現したのだが、これも運命なのだろう。
一通り準備が済んだ所で昼食をとりに行く。
もちろん沖縄料理だ。チャンプルーものや各種ソバ系統など、どれをとってもヘルシーかつパワフル。沖縄が世界一の長寿県だというのも大いに頷ける。
腹を満たし、ライブハウスへ戻ると、昼食も食べずにパコは引き続きCD作成に没頭していた。恐るべき忍耐力。土産のゴーヤチャンプルを献上した。
その後、メンバーは宿に案内され、しばし休息をとる。東南アジアのゲストハウス的な宿だったが、ゆったり落ちつくことが出来た。一眠りしようとするルイスにケイジがささやきかけた。「・・・ちょっと海に行かない?」
やはり居ても立っても居られないようだ。
時間が限られていたのだが、ちょっと散策してみることにした。しかし近くの漁港を見るだけでは満足しきれないケイジ。では、車で砂浜に行ってみよう!予め借りておいたレンタカーで走ること10分くらい。人もまばらな美しいビーチに行き着いた。ただ、海辺に出るには砂山を越えて急坂を下りなければいけない。その時は戻ることは念頭になく、海をめざしてまっしぐら!まったく、大人を子供に帰らせる島だ。ラジオ出演のため、すぐに戻らなければいけなかったので、息を切らせて砂丘を上り、車で宿に帰還。いいウォーミングアップになった。
その後、休むことなくラジオ出演のため、車でFMみやこラジオ局へ!売れっ子の演歌歌手のような忙しさだ。
車で走ること15分くらい。当初は町の中心部に存在しているのかと推測していたが、実際はとんでもなくカントリーな山の上に位置していた。しかも、プレハブのような、一見工事現場の詰め所を思い起こさせる建物こそFMみやこの放送局()であった。イメージとの相違に一瞬たじろぐものの、逆に家庭的な雰囲気でリラックスすることができたメンバー各位。
中に入ると、和やかなムードを漂わせたオフィスと家庭用防音装置のようなDJブース。抱いていたイメージが崩壊して行くと同時に、リラックス度がアップしていった。しかし、実際本番が近付くと次第にメンバー4人の顔に緊張の色が浮かんできた。この時の模様をビデオに収めたのだが、改めて見るとその緊張感が痛いほど伝わってくる。
リハーサルも何もないままDJブースへ突入。マイクが4本用意されているのみでまさにぶっつけ本番。さすがのジプシーもこれには参った。聞いているのはCMが終わったと同時に間髪入れず演奏をする、ということだけだった。
DJはC・ペプラーのようなこわもての声を発する大柄の男性。あいさつもほどほどに不意に「3、2、1・・・Q!」と手で合図される。内心「まじ、いきなり??」と思うもパコのリードギターがうなりだし、曲演奏開始。曲は宮古島のイメージにぴったりな日本語の歌、「La Isra Verde」。とにかく曲が始まってしまえばこっちのものだ。ノリノリといきたいところだったが椅子などに座って演奏したためどこかぎこちないものだった。なんとか1曲終えた後はなんだか普段とは違う開放感があったが、すかさずDJ氏のトーク&インタビューが待ち構えていた。もちろんこんなのは初体験のGGにとっては蛇の前のかえるも同然。雰囲気にのまれてしまった。宮古島へ来たこと、バンドのこと、今夜のライブのことなどいろいろインタビューされ、メンバーそれぞれ辿々しくもそれに応じた。無難にこなすことはできたが、反省点も山盛りだ。今後はこんな事態にも軽々と対応できるような体制を作っていきたいと、FMみやこを後にする時に思わざるを得なかった。
一旦宿に戻り、休息後、準備を整えてライブハウスに向かった。現場は宿からは歩いて5分くらいの場所にある。宮古島の中心は平良市(ひららし)と言い、そのまん中の商店街が西里と呼ばれる地域だった。東京では希薄となっている近所付き合いという観念がいまだに根強く残り、1〜2年も同じ場所に住むとほとんど知らない人はいなくなるという特典があるらしい。隣りにどんな人が住んでいるのかも分からない首都圏民にとっては妙にうらやましい環境だ。
ライブハウスでヘルシー&ヘビーなまかないをいただき、ビールを散々あおった後、ライブ開始。
パコはなんと演奏の合間にもノートパソコンを傍らに置き、CD制作(その時は焼き増し作業)をテキパキとこなしていた。こうしてCDが焼き上がり、出来立てホヤホヤのままお客さんの手の元へ渡ることとなった。
実はこの日はそれほどお客さんが多くなく、演奏自体は割合落ち着いたものだった。店長によると次の日のライブが本番で、客もたくさん呼んであるとのこと。
まあそれでもこの日のライブも最後の方になるとかなり盛り上り、初日はこんな感じで幕を閉じた。
2日目、ライブが夜からあるのみで、あとは自由の身であった。
時間がたっぷりとあったのでレンタカーで島内観光としゃれこんだ。昼過ぎ、宮古一うまいと評判のそばやに入り、宮古そばやソーキそばを頂いた。道端のほったて小屋のようなところだったが、中は満員御礼、おまけに巨大なゴキブリに歓迎された。日本の一般的な食堂と違って何かアジア的なカオスを感じた。しかしそんなチャンプルーな空気がよりいっそうそばをうまくしているのかもしれない。泡盛に唐辛子を漬け込んだクースという調味料をそばに加えれば、それは絶品となる。
その後、宮古島の東側に位置する吉野海岸という超ローカルかつ劇的な穴場スポットへ向かった。ここはかなり広い海岸であるにもかかわらず、観光客はもとより地元の人の数も少ない名所だ。そして、まず海が恐ろしくきれいだった。遠浅の浜辺にびっしり珊瑚が生い茂り、透明度も抜群。ダイビングの心得があるケイジとルイスは持参したシュノーケリング3点セットを身にまとい、有無を言わさず海に駆け込んだ。水中はまるで別世界。色とりどりの珊瑚と多種多様の魚達。夢を見ているようだ。
パコは彼女とラブラブモード。ふと気付くとマリオの姿がない!どこに行ったのかとしばらく探したがどこにもいなかった。ある噂では「カメに乗って海に帰った」らしい。なるほど!と妙に納得してしまったが、しばらくして海岸の端っこの方から髪を風になびかせながらマリオが出現した。宮古の自然の美しさに何かヒントを得て曲の構想でも練っていたのだろうか?確かにここではある種インスピレーションが湧きがちだ。
浜辺には、そこに住みついていると思われるおじさんが、子供達や観光客にお手製のアクセサリーを作りかたを教えていた。我々も早速彼に習って珊瑚のかけら付き携帯ストラップ制作に挑んだ。南国情緒満載のマニュファクチュア。ゆったりとした時間の流れが心地よすぎた。
やがて日も傾き車で宿へ帰還。支度をしてライブハウスへ突入。いよいよ2日目のライブ開始()だ!
昨日とは打って変わって会場の雰囲気が最初から違っていた。お客さんの数も倍増しており、中には外国人の姿も見られた。宮古島で英語を教えている先生方らしい。メンバーも1日目の疲れはほとんどなく、気合いがみなぎっていた。
1曲目はノリノリのBaila meでスタート。ギターのカッティングが唸るとお客さんも反応して身を乗り出した。VolareやパコのオリジナルであるFiesta para tiなどテンポの早い曲を演奏して行き、 徐々にヴォルテージを上げて行く観客と演奏者。これは今までに無い雰囲気だ。異常に楽しい。
通常2部構成のGGライブも時間無制限の3部構成と予め銘打っていたため、ある程度パワーを押さえつつライブを行うつもりだったが、いきなりの異様な盛り上がりに終始エンジン全開でやらざるを得なかった。
・・・狂うパコ。彼の潜在的なパフォーマンス本能がむき出しになった。リードギターを弾く彼は自己陶酔に浸っているようなアーティストばりのパフォーマンスで知られているが、今回の彼はそれに拍車がかかり、まるで夢遊病者のようにステージ上をうごめき、ギタープレイも尋常では無くハッスルしていた。
ケイジもしかり。いつもはゆっくりとエンジンをあたためて行く彼もこの日ばかりはスタートと同時にオーバーヒートすれすれラインを行ったり来たり。ステージ上をドンドンと足で踏み付けバスドラ効果を生み出していたが、その光景はどこか狂気的なものだった。いい意味で。
そんなB型の2人を横目で眺めつつ、自らも楽しむO型のマリオとルイス。
ステージ上にビールジョッキを置き、飲みながらライブ。2部はライブハウス内のアルコール度数がさらにアップしてより盛大になってきた。3部へ移る前にサービスで流しライブをやることにした。いくつかのテーブルをまわり、ジプシーキングスのノリノリナンバーを生演奏。客との密着したコミュニケーションで連帯感が生まれ、親睦も深まった。
その後に第3部開始。これ以上ないほど盛り上がりの要素を集結させたのだからあとは皆、壊れて行くだけだ。
曲の合間に「プリーズカムトゥーダンス!」とケイジが叫び、遠くにいた外国人らを呼び寄せると、堰を切ったように皆ステージ前に繰り出し、誰彼構わず踊り出した。これこそまさにバンボレーオ!グルーヴ感と揺らめきの融合だ。
お客さんはもとより、店長はじめ従業員も踊り狂う。どういうわけか怪我をしているお客さんが多かったのだが、足の悪い人は松葉づえを両手で抱え上げて踊り、腕を骨折した人はその手でシェイカーを振り、目を患っている人は盛んに頭を振っていた。痛みも忘れるGGライブである。
しかしさすがのヴォーカル・ケイジにも限界が。MCでライブの終了を告知・・・しようとすると客がそれを許さなかった。誰かが滋養強壮ビタミンドリンクを持って来てくれ、やむを得ずそれを飲むと簡単に復活することができ、もうしばらくライブを続けることができた。帰りの電車や明日の仕事の心配もしなくていいという精神的な余裕が早期回復に繋がったものと思われる。
ともあれ何度かアンコールをくり返し、夜中の12時を過ぎた辺りでやっとライブが終わった。延々4時間もやっていたのかと感慨深くなってしまった。
しかしこれだけでは済まなかった。近所にある別のバーで生演奏してくれないかと依頼が入ったのだ。一瞬気を抜いていたメンバーもすぐに気を取り直し、すぐにそのバーへ向かった。
エスニックなBeema-Beemaとは異なり大人のムード溢れる落ちついたバーだった。何杯かカクテルを飲んだ後、早速演奏。ちょうどそこに居合わせたお客さんが誕生日だったので場は一気に祝いの宴と化した。更に、その傍らで独り酒を飲んでいた男性がジプシーキングスの大ファンだったというのも何か運命的なものを感じた。
様々な偶然、巡り会いが重なって現実化した今回の宮古島遠征ライブは、結果的には大成功だった。というか、これが腐れ縁になり、毎年の恒例行事にもなりかねない。
なにはともあれ宮古島の人々の優しさ、陽気さ、自然のすばらしさなど、どれをとっても今回参加したGGメンバーにとっては思い出に残るものとなった。
3日目は夕方の飛行機が出るまでフリー。観光や買い物等を楽しんだ。最後に、ライブに来てくれた別の居酒屋の店主に招待され思わぬごちそうを頂いてしまった。お返しはもちろん生演奏。どれをとってもいい思い出である。
空港で宮古島の人たちと別れる時はさみしいものだった。また来るぞと誓いを立て、島を後にした。
以後一週間、気が抜けてまともに生活できなかったのは言う間でも無い。はやくも宮古島を懐かしがるGGメンバー。次回はいつになるのかなー、と楽しみである。
投稿者 gipsygroove : 22:41 | コメント (0) | トラックバック
2002年06月23日
GGの天城越え
ホームページで募集していた「伊豆天城荘ロビーコンサート出演者募集」にうまい具合にひっかかり、今回リフレッシュもかねて合宿という名目で行ってきた。都合つかず行けなかったメンバーもいるが、ケイジ、ルイス、ティノ、ペリー、新メンバーのパコ、そしてベースのキコは家族(奥さんと息子の斗仁伊乃)を伴って参加した。
車で向かうこと3〜4時間、有名な天城越えを過ぎ、伊豆の内陸にある温泉地、七滝(ななだる)温泉へ到着した。ほとんど現地集合だったのでメンバーもバラバラに到着した。
演奏は夜なのでさっそく温泉に向かおうとしたが、運がいいのか悪いのか、ちょうどテレビでサッカーW杯韓国×スペイン戦がおこなわれ、にわかサッカーファンと化したGGの面々は部屋から一歩も出られない状態に陥っていた。(この場合、当然のごとくスペインを応援)
結局風呂にも入れず、夕飯の時間となった。これまた近年稀に見る豪勢なディナーで、みな黙々と食を楽しんだ。
今日の本番、ロビーでの演奏だが、客が食事を終え去ってしまったちょうどそのあとだったので、少々むなしき風が吹いた。それでも与えられた30分間を有意義に使い得意のGKナンバーを演奏した。旅館側もはじめての試みだということで、客寄せがうまく行かなかったようだが、今後のこういったイベント開催のよい足掛かりになったのではと思う。
汗をかいた後の温泉はまた格別だった。この旅館は外に独自の温泉を有していて、どれも特徴有るもので通を唸らせるつくりになっていた。中でも洞くつの中を泳いで進む「穴風呂」はメンバーの好奇心を刺激して止まなかった。
その他に温水プールやユニークなゴエモン風呂など、どれも楽しみながら湯に漬かることができた。通常水着が必要とのことだが、すっかり水着を忘れていたケイジは産まれたままのすがたで道行くカップルを脅かしていた。
夜寝る前に新メンバーパコ細川氏による整体マッサージが各メンバーに施された。彼の本職はカイロプラクターである。普段は労働に苛まれるメンバー各位にとってはうれしい悲鳴だ。
翌日は再び温泉に入るなどして旅館にも挨拶をし、午前中に宿を出た。特に予定はなかったが、西伊豆をドライブし、海沿いの粋な食堂で昼食をとった後、近くの海岸で野外練習する機会に恵まれた。人気のすくない海辺で心地よい波風を受けてジプシールンバを弾くのもまた格別。
このあと御殿場にある高原ビール園というところでドイツビールを飲み込む。運転者も然り。
とにかく心身共にリフレッシュできた2日間となった。
投稿者 gipsygroove : 22:33 | コメント (0) | トラックバック
2001年08月18日
GG合宿 in 富士見
待ちに待ったGGの強化合宿。全員完全参加と行きたい所だが、今回はリードギターのTinoが不参加、ギターマエストロMarioが途中から参加と言う事態に陥り、少し出鼻をくじかれた感じだ。しかし前回のライブで活躍したMasatito氏が参加してくれる事になり、気持ちも新たに出発日を迎えた。
当日は朝8時に八王子集合。遠方に住まっているメンバーは比較的早起きだったために若干の睡眠不足が感じられたが、勢い良く出発する事にした。車はベースのKikoがレンタルして来たワンボックス・ワゴン。快適な乗り心地である。マニアックなCDを数多く所有しているPerryがBGMを選択した。ドライブに良くあうフラメンコポップスが主。懸念された渋滞にもそれほど引っ掛からず、スムーズ&コンフォータブルな旅であった。
向かう先は長野県諏訪郡富士見町のとある山荘。今回もKGの広い交友関係が功を奏した。つまりKGの知り合いのA氏が勤める会社の保養所を使わせてもらう事になったのだ。保養所ではA氏の家族ともう一組の家族が我々の演奏を楽しみにしていると言う事で、自然と腕に力が入った。
少々道に迷ったりしたがなんとか目的地に到着する事ができ、待ち受けていた2家族ともご対面。お世話になります。山荘も会社の保養所とあってかなり広く、別棟には広々としたリビング兼研修室があった。そこで食事や練習をすることにしよう。着くなりすぐに練習を始めようと思ったが、空腹には勝てぬ。まずはうまいそばを食いに行くことにする。A氏の案内で近くの有名なそば店に直行。しかし店はお盆真っ盛りなだけに大変な混雑であった。1時間程待ってようやく信州の美味しいそばにありつけた。その後夜飯の材料を買い出しに町まで下り、再び山荘に戻ったのは夕方が差し迫ったころだった。なにせ1泊2日だけなので時間を有効に使わな黷ホいけなかった。
練習のメインはオリジナルの3曲。鼻歌から進化した曲なので、いざバンドやってみるとなかなかの迫力があった。またアレンジすべき部分も練習していくうちに発生する。曲の構成やらコード進行やら。リードギターとリズムギターの要が不在だったので、バンドとしては完全な練習とは言えなかったが、それなりに形になったので良しとしよう。KGも忙しい日常の仕事の合間をぬって歌詞を懸命に覚えてくれた。次回のライブには間に合うだろう。
夜も更けいよいよ夕食の時間だ。それも楽しいバーべQ!みんなで下ごしらえをし、肉野菜をおしみなく焼きまくり及び食いまくり、ビールで胃袋に流し込む。大勢で食事をするのは楽しいものだ。これに音楽が加わればなおの事。食後に保養所を提供して下さった2家族のために我々の演奏を披露する事にした。一通りレパートリーを演奏し、リクエストに答えて出来たてホヤホヤのオリジナル曲もお披露目した。かなりの満腹&ほろ酔い状態だったので演奏に少々難があったが、楽しい一夜を過ごす事が出来た。
夜遅くにやっとのことでMarioが到着し、ギターを軽く弾いた後、残っていた食材でハイカロリー夕食を堪能していた。彼は最近アジアンジプシー・ファミリーの一員に進化したため、別口で演奏の仕事が多くなってしまい、ハードな毎日を送っているようだ。
さて、翌朝、静寂の中に小鳥のさえずり、緑の木立が目に眩しい。朝食で昨夜の残り分をほぼ体内に収め、所用を済ませた後に再び練習。今度はMarioも含めての新曲練習だ。しかしあまり時間がなかった。昼過ぎには出発しなくてはならず、練習の中身もうすかった。まあしかし、全体的にはたった1泊の合宿にもかかわらずそれなりにまとまりが出来た感じで、結果オーライといったところだ。
山荘を後にし、東京に舞い戻るべく、中央高速にのる。どこかのパーキングエリアでストリートライブまがいの演奏をぶちかまそうと思ったが、急な雨でその気も薄れた。とにかく早々に東京に戻って、どこかで演奏しようと言う事になった。復路はまったく渋滞につかまらず、あっという間に三鷹、吉祥寺付近まで来てしまった。吉祥寺と言えば井の頭公園だ。ファミレスで腹ごしらえをした後に公園に直行し、着くなり荷をほどいた。ここでのストリートも何度目だろう??幸い、公園入り口の階段下のスペースが空いており、そこに根をはった。ベストポジションである。持参したアンプに音を通して、さっそく演奏開始。近くから、遠くから、かなり多くの人たちが見聴きしているのが分かった。脈ありだ。合宿の疲れもなんとやら、次々に演奏していき、多くの通行人を巻き込むことに成功した。興味をもった方から話し掛けられもした。勢い余ってオリジナル曲もやってしまったが、それを聴いていたおじさんからオヒネリを頂いたのが何よりうれしかった。合宿の成果も少なからず出たであろう。今後の活動の重要なステップになった2日間だった。