2004年12月23日
謎のイベント&みなと横浜
横浜の山下公園の先、新山下というところにある「Club Matrix」というところでイベントがあり、そこで演奏することになっていた。
昼過ぎくらいにメンバー集合して建物の内部に潜入。俗に言う「クラブ」(発音に注意)というやつで、独特な雰囲気で、中はほとんど真っ暗でステージだけが照らされていた。
今回の依頼を受けたKGは事前に詳細を打ち合わせていたはずだが、このイベントが何なのかは謎に満ちていた。
それで、セッティングなどして主催者などの話を聞いているとだんだん明白になってきた。
なんだか知らないが、これは「コンテスト」だということで、我々がその一番手に出るという話だったようだ。
うちのバンドの他にダンサーやコントや歌手など、いろいろな芸人が出演するようだが、なんだか妙な空気が漂っていた。
一応機材をセッティングするなりして出番を待つ。
しかし、イベントが始まってもステージ以外は真っ暗なまま。タバコのにおいが充満していて、目の前のスピーカからは異常な爆音が響いていた。個人的には早くこの場から抜け出したかった。
幸い「コンテスト」のGGの出番は一番手。もち時間も10分程度だったので、軽く3曲ほど演奏してサクッと撤収することにした。あの中に何時間もいたら気が狂いそうだった。
あとで分かったことだが、このイベントはある企業の主催で、どうやらマルチ商法的な企みが根底にあったらしい。
イベントの司会者が「コンテスト」の商品は豪華粗品!と豪語していたが、それはこの会社の商品なんじゃないかと勝手な想像をしてしまった。とにかく早く出番が終わってよかった。
さて、楽しいクリスマスイベントを想像していた我々にとって、ちょっと肩透かしをくらった感じなので、気分を変えて桜木町あたりでストリートライブでもすることに決めた。
昼飯をたべ、Luis、Marioの車にメンバーを乗せ桜木町の駐車場へ。
実は最近ストリート用にとHONDAの発電機をバンドで購入した。それが今日も役に立つと思って持ってきた。
駅前の広場で黙々と準備をしていると、やってきたのは警備員。
さっそく注意された。
昔はよくいろんなバンドが勝手に演奏していたが、今はダメになったみたいだ。
GGの発祥の地である横浜駅周辺も最近はストリートミュージシャンを見かけなくなったし、何だか世知辛い世の中になってきたもんだ。
仕方ないので以前にもやったことのある山下公園へ移動。
ここでも機材を下ろしてセッティングしようと思ったが、時間も時間で中途半端になりそうなのでギターだけもって練習がてら公園でのんびりすることにした。
しかし、サムイ!海風が肌を刺すような冷気を運んできてとても落ち着いて演奏できる状態ではなかった。
うーん、今日は何だかわけが分からぬままに時が過ぎて行ったように思える。
ま、気を取り直して25日のカレッタで楽しもう。
投稿者 gg-luis : 21:31 | コメント (1) | トラックバック
2001年10月21日
斗仁衣乃よ、聴け!!
そろそろ寒くなって来た。冬になるとストリートライブも難しくなる。しかし思えばこの時期よりもっと寒い1月や2月とかによく外で演奏していたものだ。それにくらべれば10月の寒さなんてヤギのフンほどだ。
この日もKG、Saya、そしてなかなかインド人のにおいがとれないLuis、さらにはAsian GipsyへバージョンアップしたMarioの4人は西武新宿線田無駅北口で待ち合わせをしていた。テーマは「斗仁衣乃出生100日記念ライブ」だ。斗仁衣乃(とにーの)とは我がバンドのベースを担当するKikoまるむしの子息の異名である。無論、本名は別にある。どうでもいいことだが、最近我々の間ではニックネームを漢字に当てて無理矢理読む事が流行っている。そんなわけでKikoの息子も産声をあげる前からこのような妙なコードネームがつけられてしまっていた。なるほど、実際父親にも似ているが、某G.Kingsのリードギタリストばりの貫禄もなきにしもあらずだ。
今回はKiko夫妻の極秘依頼と言う事で、遊び半分という感じだった。また、奥さんの希望により上記のGGオリジナルメンバーでの演奏()となった。
田無というとちょっとマニアックな駅だが、ここでの演奏はもちろん初めて。しかし場所的にはなかなか良い雰囲気だ。ほどよい人通りと広々とした歩道。他にもストリートミュージシャンがおり、落ち着いてライブが出来そうだった。 我々は駅2階部分に端を発する広場の一角に陣取り、早速ギターをかき鳴らしはじめる。秋風がヒュルリと気持ちいい。
2週間前に結婚式での演奏を行い、それ以降メンバーそろって練習する機会がなかったためやや難アリだったが、一通りレパートリーをこなして行く内にちょっとした人だかりができたりもした。まずまずの手ごたえと言ったところだ。今回のメインゲストである斗仁衣乃も最後まで眠らず聴いてくれた。表情こそ変わらなかったが満足してくれたようだ。将来の有望ギタリストへの第1歩として幼き頭脳にガツンとジプシールンバのリズムが刻み込まれた事だろう。
ストリートライブを無事終え、Kiko一家が帰ったあと、近くの飲み屋で軽く打ち上げをした。カホンのMasatito今村氏も飛び入り参加で、宴もたけなわ。居酒屋を出て暗くなった田無駅前を歩く内に「また、やっちゃう?」と誰からともなく声を発した。そして気付いたころには再びストリートで演奏していた。昼間程通行人が多くはなかったがほろ酔い気分で演奏にも熱が入り、通りすがりにじっくり聴いてくれる人もいた。興味を持った方から話し掛けられもし、ストリートの面白さを改めて実感したようだった。
投稿者 gipsygroove : 22:26 | コメント (0) | トラックバック
2001年09月09日
横浜駅ストリートライブ
今回のライブリポートは、さすらい中のLuisに代わって私Marioが担当することになった。よって誤字脱字意味不明文字等が有るかとは思いますが多目に見てやって下さい。
今日は台風が近づいているせいか、妙に蒸し暑い。南風は湿っていて真夏のような蒸し暑さだ。私はこの湿気が大の苦手だ・・何故なら私の故郷は湿気の多い日は年に数回しかないからだ。しかしここは関東だ、しょうがないと自分に言い聞かせてメンバー達が集まる予定になっている。 西口高島屋前の交番付近に向かった。すでにSAYAが待っていた。横にいた人は・・・うーん以前にアかでお会いした人・・・「母です」SAYAの声に、「あーどーもです!」この親にしてこの子ありと言う言葉が妙にマッチしている・・・そうお母様も美人なのである。折角なのでストリートで娘のかっこいい姿を見せてあげたかったのだが、ここは高島屋前・・以前何度も警備員の迫害に遭っている場所である。早い時間から演奏すると迫害されるのは目に見えている。集合時間は17:00と余りに早かった為、取り敢えず場所の空きを確認してからシュラトンホテル裏の階段下で練習をしようというKGの提案で場所移動・・
今日は合宿以来の久々のストリートとなったのだが、メンバーの集まりは最低人数だった。Luisはインドでさすらい中、Tino・Kiko・perryの3人の都合がつかず欠席・・・ギターはMarioとSAYAの2人だけだった。しかし強力な助っ人カホンの達人マサティート今村氏のサポートにより音の薄さをカバーしてもらった為、何とか形になったのだ。また、今日は以前GGの掲示板にカキコしていた「しゅんにぃ」をゲストに呼んでいた・・・・GGの感じだけでも見てもらおうとお誘いしていたのだ。彼は横浜在住で場所的にも近く、メールでUいにも快く応じてくれたのだった。やはり掲示板に書いてあった190cmは流石にでかい、見た目も日本人離れしていて将来有望だ・・・ここは早くジプシールンバを習得しメンバーになってもらいたいものだ。
雨が降ったりやんだりと妙に忙しくコロコロ変わる天気に振り回されながらも、KGは持ち前のパワーでGGレパートリーナンバーを消化していった。途中、紙のギターを持った少年(幼児?)の飛び入り参加もありメンバーを和ませてくれた。21:00位まではこの場所でできたのだが、となりで常連のJAZZバンドの大音量に負けてしまい、仕方なく場所移動した。前は良くやっていた相鉄口である。今日は雨のせいかミュージシャンの数は思ったより少ない・・・・・これはチャンスと言わんばかりにたて続けにノリの良いナンバーを演奏したがいかんせんハードな演奏に今日はメンバーも疲れ気味だ。1時間ほど演奏した後、久々の打ち上げで居酒屋へ・・・この日オーディエンスの一人で、MarioのHPにも書き込みをしてくれたYu-Noさんを巻き込み、打ち上げ兼オフ会になってしまった。彼女はわれわれGGの演奏を最後まで聞いてくれたのであった。この場を借りて厚く御礼申し上げます。ありがとう!
投稿者 gipsygroove : 22:25 | コメント (0) | トラックバック
2001年07月22日
ストリートライブ in 阿佐ヶ谷駅前
酷暑の中、JR新宿駅にたどり着いた。通行人が多く、目がくらみそうだった。おまけに駅出口も多くてうんざりした。南口に出ようとしたら東口に出て、東南口、新南口とさまよってようやく南口に到達した。メンバーはKG以外はそろっていた。
本日のメニューはまず新宿のカラオケ屋で秘密練習、後、阿佐ヶ谷駅でストリートライブということになっていた。メンバーは灼熱の陽光の最中、黒いギターケースに黒のサングラス。見た目的にやや暑苦しいかなとも思ったが、最近はこれがGGのサマーイメージとして定着しつつある。
大汗をかきながらもようやく某カラオケボックスに到達した。毎度お馴染みのカラオケチェーン店だ。ギンギンに冷房が効いた室内を予想していたのだが、部屋に入ってみるとそれほど涼しく無い。最近GGメンバーの間では「アツイッスネ!」という言葉が流行している。いつぞやのストリートライブでオーディエンスの少年が発した一言だ。とにかくこんな時にはこの言葉が連発して飛び交う。「アツッスネ!アツッスネ!!」。効きの悪いエアコンのフィルターを引っこ抜いてもダメで、エアコンのカバーをひねりはずしても一向に涼しくならないので諦めて練習をする事にした。
まず、次回のライブに備えてのPAの音響チェック。広い会場ではマイクを通してギターを弾かなくてはならないので、メンバー各々ギターにピックアップを装着するなどして持参したプリアンプ、及びアンプに通してみた。微妙にそれぞれのギターの音色が違うようだが、まあいい感じだ。しかし実際屋外でやるとまた様子が違うんだろうな、と思ったが、とりあえず良しよう。
続いてついに完成したGipsy Grooveのオリジナル曲をメンバー全員にお披露目。タイプの異なる3曲だがなかなかのできばえ。これからいろいろアレンジを加えてさらに聴きごたえのあるナンバーに仕上がったらと思う。遅れてKGも練習に参加。さっそく新曲を歌ってみる。アツイッスネ!あとはそれぞれのメンバーがしっかりコピーできるように録音して自主練習あるのみ。たぶん8月下旬のライブには世間様に披露できるであろう。
さてさて、一行は新宿を後にし、JR中央線で阿佐ヶ谷駅にむかった。次回のライブ8/5の七夕祭りが開催される場所だ。ここで宣伝を兼ねて演奏しようと言う魂胆だ。ばっちりフライヤー(宣伝ちらし)も用意し、ストリートライブに望んだ。駅前の道路を超えたところに小さな公園があり、その一角を陣取って有無をいわさず演奏開始。リードギターとベースにはアンプをつなげていたのだが他は生。高温多湿の反響壁無し状態だったので、音は聞こえづらかった。怒濤のようなKGの歌声も聞き取りにくかった程だ。それでも正面から聴いていたオーディエンスには我々の濃口醤油のようなプレイが胸に響いたのか、曲が終わるごとにささやかながら拍手が起こった。ジプシールンバの演奏はかなり体力を使うのでほどほどにしておいて、あたりが暗くなって来たらぼちぼち引き上げる事にした。なにはともあれ久々のストリートライブでいい汗をかいた。
投稿者 gipsygroove : 22:17 | コメント (0) | トラックバック
2001年05月04日
結婚パーティーで演奏&放浪ライブ
場所は地下鉄日比谷線広尾駅の目の前、こじゃれたカフェ・レストラン。カンテKG氏の知り合いの結婚パーティーで、メンバーが現場に行くと、既にできあがっているKGとパーティー列席のかたがたがたいそう盛り上がっていた。こう言う雰囲気の中での演奏はやりやすい。ひととおりゲームなどが終わった後、我々の出番がまわってきた。この日のメンバーはGGオリジナルの4人の他、ベースでまるむし商店、ギター&コーラスでPerryが参加してくれた。曲目はおなじみ「ボラ-レ」と「マイウェイ」、アンコールにこたえて「バンボレーオ」を演奏した。多いに盛り上がり新郎新婦のお2人もご満悦の様子。
しかし3曲だけであっという間だった。これでは物足りない。そうかといってでしゃばって会場でやるわけには行かない。そこで即席ストリート・ライブだ。レストランの外にでて出口から見える場所で無理やりギターケースを広げ、演奏開始。会場を後にする方達を見送る形で残りの持ち曲を披露した。普段は閑静な住宅街のため突然のジプシールンバに、なにごとぞやと見に来る人、通りすがりにうさん臭げな目線を投げかけてくる人など様々だったが、とりあえずパーティーの最後に花を添えることができて良かった。
このまま帰るのはもったい無かったので、場所を移し路上演奏をすることにした。この日はまさにジプシー。広尾→品川→横浜→川崎と次々場所を変えていき、各地でストリートライブを展開した。
品川などは初めての試みで、新しくできた駅前の公演のステージのような場所で演奏した。オーディエンスは少なかったが、うっすら明るい照明と、開放的な空間の中での演奏は非常に気持ちのいいものだった。祝日だったので人は少なかったが、平日の夜ならば周辺がオフィス街なので結構人が集まるかも。
また、川崎では、たこやき屋のおばちゃんに追っ払われたりされつつも、なんとか場所を確保し演奏した。しかしそこは交番の前。注意されるかなと思ったが、案の定しばらくしたら警官が出て来た。しかし攻撃的ではなく、むしろ友好的であった。「いい曲だね、ビール飲みたくなっちゃったよ。」ボラーレのことだろう。おまわりさんも思わず口ずさむ名曲だ。とりあえずそこでうち止め。なかなかハードな1日だったが、充実できた。
投稿者 gipsygroove : 22:10 | コメント (0) | トラックバック
2001年04月08日
お花見ライブ in 井の頭公園&吉祥寺は大盛況!
東京では桜も散りはじめ、まさにこの日が最後のチャンス。我々もお花見を楽しむと同時に公園デビューも花々しく飾ってしまおうと言う企みだった。メンバーはオリジナルメンバー+Tino、Perry、Kikoの他、フラメンコ代表ゲンキ少年(Luis後輩)、ジャンべ代表高橋名人(Luis友人)も助っ人で加わってくれた。天気もよく花見客も活気に満ちていた。花見日和イコール、ストリート・ライブ日和でもある。まずは我々だけで飲めや歌えの内輪盛り上がり。興がのってくると自然とギターに手がのび、パルマを打ち放ち、歌声が飛び交う。これこそまさにGGのポリシーそのものだ。酒も入っているため、気持ちよくなって来た。一瞬本来の目的を忘れかけてしまったが、ここはやる気満々のカンテKG。みんなをまとめてライブの拠点を探しに流浪の旅が始まった。我々の最初に陣取った場所の近くでは沖縄の民族舞踊が繰り広げられていて、その音のでかさ、盛り上がり様に圧倒され、取りあえず違うところに行こうと言うことになったのだ。しかしさすがに花見の最終日。全国各地から集結した桜アフィシオナドによって至る場所が占拠されており、我々の安住の地を見つけるのはかなり至難のわざであった。結局公園を1周半ほど放浪し、ついに落ち着けそうな憩いの場を発見した。住宅のそばででかい音を出すと警察がくるぞと親切な南蛮人が教えてくれたが、もう今日は無礼講!やっちゃいましょう!と、かなり住宅のそばでギターケースを広げることになった。木陰から光が差し込み、桜の花びらが舞う我々にふさわしい(!?)美しい場所でもあった。いざ演奏を始めると通りすがりの人々の視線を感じた。「ボラーレ」をやるともう、大ウケ!演奏後はあちこちで拍手を頂いた。興味を持ってくれた人が話しかけてくれたのもうれしい。
さて、調子づいて来たところで一気に行こう!再び流浪開始。ギター1本だけなので起動力に優れているとところがメリットだ。続いて足をとめた場所は本当に道のまん中。おもむろにギターを取り出すと、いったい何が始まるんだ?と花見客のうさん臭気な目線がやや痛い。しかしいざ「ボラーレ」をおっぱじめると客もみな「なるほど!」と頷き、同時にわっと盛り上がる。よっぱらった青年が奇妙な踊りを踊り始め、これまた大盛況。これぞ花見宴会の醍醐味でしょう。そして演奏しているうちから別の場所での演奏依頼があった。さーどこでもいきますよ〜。この日は実に大成功だった。最後は公園の端っこにある広場でひととおりレパートリーを演奏。帰宅途中の見物客が立ち止まってじっくり聴いてくれたのは本当に嬉しかった。公園の池が夕日に照らされ、咲き誇っていた桜の花も有終の美を遂げていた。
・・・・・がしかし、これで終わるGGではない。軽く夕食を済ませ、お次は吉祥寺駅前でライブだ!本当にKG氏のノドには恐れ入る。我々ギター陣もまめまめしくなった親指につばをぶっかけ、もうひとはじけした。夜になるとまだ肌寒いが、冬の寒さにくらべれば何てことはない。若干の警備員迫害があったがここでのライブも大成功だった。この吉祥寺も横浜に次ぐ拠点としてもいいだろう。
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2001年04月01日
花見ライブ in 横浜・・・は寒かった!
春だと思っていたのに見事に裏切られた。桜は咲いていたが、人々の花はしぼみぎみだった。今回、横浜は日出町にある野毛山公園で花見客を襲撃しようとゲリラライブを考えていたのだ。しかし実際公園に行ってみて一気にやる気が失せてしまった。とにかく人が少ない。人がいてもなんだか寒そうだ。今回はオリジナル・メンバーの4人+フラメンコギタリストの金の卵、ゲンキ少年(LuisやSAYAの後輩にあたる格闘家ギタリスト)を伴っていたのだが、結局人々の前で「ボラーレ」を披露することなく退散することとなった。しかしせっかく来たのだから練習がてら2〜3曲やるか、というカンテKG氏の提案で、誰もいない広場でジャカジャカやることになった。すると、少ないながらも花見を終えて帰る人たちが立ち止まってみてくれた。1曲やると、更にもう1曲、結局5〜6曲やってしまっただろうか。みんな酒が入っているためか、ノリのいい曲をやると我慢しきれず踊り出す。犬もいっしょに踊り出す!!我々も一時の寒さを忘れ楽しいひとときを過ごすことができた。この調子だと、もし天気が晴れてあったかく、人が一杯いたら否応無しに盛り上がっただろうな、と気紛れな春の気候を恨んだりもした。
さて、調子が出てたところで、ホームグラウンド、横浜西口に舞い戻ることにした。勢いあまってS・ライブも決行しようと言う魂胆だ。しかしこの日も高島屋が9時閉店だったので、警備員の迫害にあわない場所を選んでライブを行わなければならなかった。さあ、いざライブ開始!しかし今日はどうも不発。ゲンキ少年がパルマで参加してくれた勢いもむなしく、全然人が立ち止まってくれなかった。またもや心身共に寒くなってきたので、今回は早々と撤退。まあこういう日もあるさ。街ではウルフルズの「あしたがあるさ〜」がかかっていた。妙に元気づけられる歌だ。
投稿者 gipsygroove : 22:02 | コメント (0) | トラックバック
2001年03月25日
ストリート・ライブにあのお方が!
2001/3/25 (日)
春だ。寒くないぞ。いい季節になった。ストリートをやるにもいい季節だ。例によって歌広場で練習後、横浜に移動。今日のメンバーはフル・オリジナル・メンバー、プラス前回からの強力な助っ人、まるさ、PERRYに加え、さらにベースでまるむし商店氏も参加!こりゃ迫力あるサウンドが楽しめそうだ!・・・しかし天気は思わしくなかった。曇り空でポツポツ雨もふっていた。とにかく今回は前回同様、西口高島屋の軒下でライブを決行する予定だった。そこなら大きめの屋根があるので私達もオーディエンスも濡れずにジプシーグルーヴを楽しむことがでるはずだった。高島屋の閉店時間である7時半を過ぎたところで演奏開始。まわりにはジャズやジャンべや三味線もおらず、快調な滑り出しだった。「ボラーレ」をやるとすぐに人垣ができ、「おお、今日はいけるな!」とメンバーはみな確信していた。ところがどうだ。二曲目をやりはじめるとどこからともなく高島屋の警備員がわらわらとやってきて演奏を中止させられてしまった。気付かなかったが今日の高島屋は9時閉店という。なんてこったい。せっかく調子づいてきたのに。警備員が去った後にオーディエンスの盛り上げにおされ無理矢理演奏を続けたが再び迫害う。これ以上はここでは無理と判断し、別の場所に移動することにした。
-・・・その先はやはり西口の駅出口を出て右側、MORESの大画面が良く見えるところだ。運良く雨もやみ、とにかく時間がもったいないので演奏をおっぱじめることにした。さきほどの場所にくらべると人の流れも早く、立ち止まってじっくり聴いてくれる人は少なかった。それでもいつものように私達自身が楽しむつもりで演奏を続けた。そのとき!ふとむこうのほうを見ると見覚えのあるお方が・・・。なななんと黄金井脩さんではないか!!彼は知る人ぞ知るAsian Gipsy。プロで躍されているミュージシャンだ。私達も彼のライブに何度か足を運び、ジプシーキングス風でもある彼独自の音楽世界を楽しんだものだった。まるさが先日黄金井さんのホームページの掲示板に恐れながら私達のライブ情報を書き込んだことがこんな幸運につながるとは。びっくり仰天だ!そしてさらに驚くべきことに黄金井さん自らギターを手に持ち、私達の演奏に加わってくれた。いや、私達が黄金井サウンドに身をゆだねたというべきか。まさに記念すべき夜となった。おまけにあたたかいお茶まで差し入れて頂き、まったくしあわせものだ。黄金井さん、ほんとに今夜はありがとうございました!
投稿者 gipsygroove : 16:33 | コメント (0) | トラックバック
2001年03月11日
助っ人登場!
2001/3/11 (日)
もう通算何回目の路上ライブになるだろうか。川崎で練習した後、横浜西口に出てストリートライブを繰り広げた。今日はオリジナルメンバーとだいぶ異なっていた。まずSAYAが体調をくずし欠席。しかしY TOCHEのメンバーであるマルサさん、PERRYさんが助っ人で参加。Y TOCHEというバンドは、やはりGKの曲を演奏し、他にもボレロやディアマンテスの曲などもやってしまう8人くらいのグループだ。我々ジプシーグルーヴよりも歴史は深い。
マルサはリードギター、PERRYはコーラスを担当して、さらに音の厚みが増した感じだった。これからも一緒に活動を続けられたらと願う。2人とも、いっそメンバーに加わったら?との呼び掛けにもまんざらではない様子。住んでいる場所がそれぞれ違うため、もう1ケ所くらい、東京都内あたりにライブの拠点を設けたいところだ。