2005年10月18日

宮古島ツアー2005

2年ぶりの宮古島遠征。
今回はバンドメンバー+その家族+友達+お客さんなど、総勢30名余りのツアー。
笑いあり、涙あり、宮古島遠征につきもののハプニングもあり。
たくさんの出来事を一気に書ききれないので今回はチャプターに分けてレポートします。
(写真フォトギャラリーを設けましたのでそちらをご覧下さい。)

1.ジプシークイーン!?
2.台風襲来!
3.メンバー
4.那覇経由−ついに宮古へ
5.昼飯
6.一日目ライブ!
7.ジプシーキング!?
8.観光
9.プールサイドコンサート
10.披露
11.狂喜乱舞の宮古島ライブ
12.また来るよ

1.ジプシークイーン!?
今回のツアーはある旅行会社に飛行機とホテルの申し込みを依頼していた。
旅行会社にツテのあるKGが一切を仕切っていたのだが、彼にチケットを預けると危険なので今回は参加者各自にそれぞれ旅行会社から請求書が行くようになり、チケットも各自届くようになっていた。
出発一週間前くらいに料金を払い込み、数日後チケットが届いた。ワクワクして開封すると目に飛び込んできたのは「ジプシークイーンご一行様」という文字。

・・・・!

なんじゃこりゃ??
どこでどう間違ったのかバンド名が「ジプシークイーン」になっている。
出発前からハプニング。

でも体制に問題はないので特に旅行会社へ注文つけることはしなかった。
しかしお客さんからは「あの、ジプシークイーンという名前でチケット来たんですけど、大丈夫ですか?」とか問い合わせが相次いだ。

2.台風襲来!

恐れていたことが見事に的中した。
なんと台風20号がちょうど沖縄の方に発生して我々が宮古島に着く頃には直撃してしまうんじゃないかと、数日前から気が気じゃなかった。横にそれるかとっとと過ぎ去ってしまえばいいのに、我々を待ち構えているように台風も停滞している。
いやーな感じだ。嫌がらせとしか思えない。
ところがこの停滞台風が上手い具合に(?)ずっと停滞してくれてツアーの最後の方は本州の方にそれてくれた。
結果、風がずっと強かったが宮古島直撃は避けられ、晴れ間が見える日の方が多かった。
運がいいのか悪いのかワカラン。
でも台風一過ですっきりしてから行きたかったというのは事実。

3.メンバー

今回参加のメンバーはKG、Luis、Mario、Paco、Perry、Masatito。そして何度かライブにも参加したことのあるAlbertoさんが今回は青森からはるばるミヤコへやってきた。
当初、都合のいいときに東京へ来てライブに参加してもらおうと思っていたが、どうせならということで宮古島を堪能してもらうことになった。しかし今回のツアーの鍵を握るのは彼かもしれない・・・。

各メンバーのほかに家族を同伴する者もいた。
中でもKGとPacoとMasatitoの3家族はまだ小ちゃい赤ちゃんをそれぞれ連れてきて、パンパースのコマーシャルのような雰囲気が漂っていた。この赤ちゃんたちも今回のツアーの鍵を握っているといえるかもしれない。

その他いつもお客さんで見に来てくれる人やメンバーに誘われて宮古島はおろかバンドのライブを初めて見るお客さんもいたりした。
ともあれ、みんな顔見知りなので余計な心配をする必要もなく気持ちの面でも楽なツアーとなった。

4.那覇経由−ついに宮古へ

前回まではJALの直行便で宮古島へ渡ったが、今回は安く行くため沖縄の那覇を経由していかなくてはならなかった。
それでもさほど時間がかかるわけでもなく、特に問題もなく懐かしの宮古島へ到着した。
前回は本当に余計なトラブルに巻き込まれ出だし不調だったが、今回は問題なし。さいさきがいい。
しかし一日早く宮古入りしていたPacoはレンタカー会社と揉め事があったらしく、またキレちゃったらしい。詳しくは分からないが、またドアを蹴っ飛ばしたりしたらしい。しかし無事に宮古に来れたのでよしとしよう。
我々が到着したのは10月14日。天気は曇り時々晴れといった感じ。
予約していたレンタカーに乗り込み、まずはライブ会場である「Beema-Beema」(以後Beemaと略)というお店を目指す。
車で移動中、目に映る全てのものが懐かしく思えた。「やって来た」というより「戻ってきた」という言葉の方が相応しい。

Beemaに到着するとマスターのヒオキさんとも再会。
彼は現地で様々な手配をしてくれ、バンドにとってもかけがいのない人だ。彼なしには宮古島は語れない。
ウェルカムドリンクの生ビールを頂き、しばし談笑。
その後、機材をセッティングして一行はホテルへ。

港の近くにある「アトール・エメラルド宮古島」というのが今回の宿。
高級リゾートホテルと言える立派なものだった。このツアー料金でこんなホテルに泊まれるなんてラッキーだ。
部屋に入ると窓の外は一面海が広がっていて最高の気分だった。

5.昼飯

ホテルに荷物を置いて昼飯を食いにいこうとした。
朝ちょっと食べてからまだ何も口にしてないことに気づき、猛烈に腹がすいてきた。
しかしライブのリハーサルのためBeemaに決められた時間に行かなくてはならず、ゆっくりできなかった。
仲間とともに車で市街をさまよった挙句、適当な店が見つからず結局コンビニで軽食を買い、駐車場でヤンキー座りをしてむさぼり食った。
「ファミリーマート宮古島ぱいぱい店」というところで、そのとなりに「ぱいぱいマンション」という建物があった。
住所が818-1だかららしいが、この安易な発想が好きだ。


6.一日目ライブ!

Beemaに戻りサウンドチェック、リハーサルを行い、後はライブの開始時間を待つ。
東京から来たお客さんたちの他に現地に住む近隣のお客さん、たまたま店に迷い込んだ観光客など様々だ。
Beemaでのライブは2日もあるので、1日目は様子見も含めてオーソドックスなスタイルで、やり慣れた曲を中心に演奏した。
1部、2部構成でライブは徐々に盛り上がっていった。
最近おなじみになっているエレキドラムも今回は持参し、Masatitoが主に叩いた。
普通のドラムセットのようなサウンドはもちろん、半分ギャグっぽい音とか、ズッコケ音とか、あやしい木琴風の音色とかドラの音とか、いろいろ出る。
「Amor d'un dia」という曲はPacoの強烈なイントロで始まるのだが、そこに超あやしい木琴風の音が鳴り、その音とPacoの奇妙な動きが絶妙にマッチし、個人的には笑いのツボにはまってしまった。
2日目のインパクトが強くて1日目はあまり覚えていないのだが、とにかく宮古島らしい盛り上がり方でかなり楽しかった。
そんなこんなで一日目のライブ終了。

7.ジプシーキング!?

二日目。
朝起きたら窓の外に海が広がっている状態はなんとも格別な気分にさせられる。ホテルの朝食を食べるため、みんな疲れも見せずにホテルのレストランに時間通りに現われた。それぞれ家族のいるメンバー、野郎だけの集団、顔なじみのお客さんたち、みんな朝だというのにいい笑顔をしていた。
ゆったりとした朝食のあと、ロビーを歩いているとホテルの入り口付近に立て札があり、本日の団体客の名称やイベントの紹介などが記載されていた。
そう、この日の夕方にホテルのプールサイド(プエルトガーデン)でコンサートをやることになっていたのだ。
で、地元の人たちの計らいでホテルのエレベーターとか柱などにライブを告知するポスターが貼られていた。とてもうれしいことだが、この入り口の立て札には
「プエルトガーデン ジプシーキング・ライブ」とあった。
「何!?」と一瞬目を疑った。
ジプシークイーンの次はジプシーキングか!本家本元のGipsy Kingsもびっくりだ。そのうち殿様キングとかストリーキングとか書かれそうだ。
とにかく、これにはメンバー一同大笑い。どこでどのように伝わったのか知らないが、我々のバンド名もそろそろちゃんと覚えてもらわねば・・・。

8.観光

夕方のコンサートまで時間があったので宮古島をちょこっと観光。
といってものんびりはできないので車でうろうろしたり昼食に丸吉食堂の宮古そばを食べに行ったり、慌しく動いた。
この丸吉食堂は地元の人たちもご用達の知る人ぞ知る名店。最近は観光客も増えてきたが、市街から少し離れているので変に気取った感じもなくいい味を出している。
従業員の態度もぶっきらぼうだが、味はいい。ソーキそばの豚角煮はボリュームもあり最高にうまい。
もちろんバンドのメンバーもみなお気に入り。宮古に来たら必ず訪れるところだ。
食後に黒糖の手作りアイスキャンディーがもらえるのもうれしい。
・・・と、なんだかグルメエッセイみたいになってきたのでこのへんで。


9.プールサイドコンサート
夕方が近づき予定していたプールサイドでのコンサートの準備に取り掛かった。
台風の影響で猛烈な風が吹いていたが幸い雨は降っていなかった。
本当は「サンセットライブ」ということで、穏やかな海に沈み行く夕日を眺めながらの優雅なショーになるはずだったが、突風に揉まれながらの過酷なショーになりそうな予感がした。
それでもたくさんのお客さんに来てもらい、だんだんと気合が入ってきた。
今回、ライブなどで音響機材を貸して頂いた別のライブハウスがあるのだが、そこを拠点にして活動をしているレゲエバンドが我々の先に演奏した。いわゆる対バンのような体制だ。
彼らは「島バナナ」というバンド名で聞き覚えのある曲をレゲエ風にアレンジして演奏していた。
これもサンセットをバックにすればとてもいい雰囲気を味わえただろうに、この風だと見るほうも演奏する方も落ち着けなかっただろう。

一息ついていよいよGGの出番。
1曲目になぜか「Un amor」という渋い選曲だったが、2曲目以降はガンガンに飛ばしまくり。
いつしか風が強く吹いているのも忘れ会場にも熱気が満ちてきた。
コンサートは2部制なので、ひとまず休憩を入れて2部開始。

「Inspiration」を奏でるMarioを取り囲むギター陣。
曇っているとは言えバックに雄大な海を従え、演奏していていつも以上に爽快な気分だった。
2部も風の冷たさを忘れるくらいに熱いエネルギーをほとばしらせ、一気に盛り上げて行った。
ノリノリの曲ばかりを選んで演奏し、お客さんを引き止めていた「躊躇」という糸を引きちぎり、自然と体を動かして踊らせる体制に持っていった。
結果、大成功。晴れていればもちろんもっといい状態でライブを終えることが出来たと思うが、この際天気は関係ない。みんなが楽しめたのでこれでよし。

会場から引き上げるときに波打つプールサイドに立ち、メンバーで渋い集合写真を撮ったりした。

10.披露

プールサイドのライブが終わってメンバーだけで近くの食堂に行ってひと時の休息。
食事をしながらゆったりビールでも飲みたかったがゆっくりもしていられない状況だった。
すぐにBeemaへ移動してライブの準備にとりかかる。

通常では考えられないハードなスケジュール。メンバーも少し疲れ気味の様子だった。
メンバーだけではない。同行した家族にもそれぞれ披露の色が。
特に赤ちゃんを連れてきた家族は大変。ダンナがライブに出てしまって奥さんだけで子供をあやさなくてはいけない。
中でもMasatitoの息子はやんちゃ坊主の腕白小僧なので、奥さん一人では無理。
急遽SOSが発せられこの日のライブでMasatitoの姿を見ることはできなかった。

残りのメンバーでとにかくライブを盛り上げるのみだ。

11.狂喜乱舞の宮古島ライブ

Beemaの店内を見渡すと心なしか昨日よりお客さんが多いように感じられた。
2泊3日で来ている人たちは事実上これが最後の宮古の夜。ここではじけずにどこではじける。
メンバーも最後の夜を楽しもうと疲れを忘れて演奏に興じる。
前日より長い時間を考えていたのでやりたい曲をいろいろ考え、セットリストを組んだ。
Alberto氏がせっかくいるので、彼の得意な曲も多く取り入れた。
Gipsy Kingsの「Trista Pena」や「La Dona」など、普段GGでやらない曲もやったりした。
彼のノビのある歌声と本場ミュージシャンさながらのコブシはKGとは違った持ち味がある。
宮古島においてはAlberto氏はKGにとっての「先生」となり、行く先々で歌のレッスンをやったりしていたほどだ。

そのほかにギターのインストゥルメンタルで「Galaxia」をやったり、余興的にPacoとセッションしてルンバ・フラメンカの名曲「Entre Dos Aguas」やチックコリアの「Spain」をやったりして大いに盛り上がった。

ライブは2部構成という名目だったが、実際は4部くらいあった気がする。
詳しいことは覚えてないが、とても長かった気がする。

休憩時間に流しで客席を回り、お客さんとのコミュニケーションを図る。
この休憩時の流しスタイルは2年前の宮古島で確立されたと言っても過言ではない。
お客さんに生の演奏を直に聴いてもらい、グルーヴ感を少しでも味わってもらいたいという思惑は以後のライブにも引き継がれ、現在に至る。

また、ちょっとしたイベントもあった。
今回宮古島でGGのポスターやシールを作ってくれたデザイナーのハマちゃんという男性がいるのだが、その彼女にささげる曲としてマイウェイを演奏した。
実は最近彼女とうまくいってなくて、曲をプレゼントして挽回したいという彼の望みをかなえた形になった。
結果、大成功。二人とも喜んでくれて仲直りするきっかけになって良かったと、勝手に判断している。
次回は彼らの結婚式で演奏しよう。

さて、最後の方になってくるとお客さんはステージ前へ身を乗り出し踊り狂う。
メンバーもそれに応じてヴォルテージアップ。
既に夜中の12時を回っていた。

Pacoはいつも以上に狂っていた。
彼はライブ中にエクソシストのような動きをするが、これが彼の真骨頂なのだ。
インスト曲「Asturia」のルンババージョンの途中、突然弦が切れた。
それに驚いて一瞬動きが止まったが、その「弦が切れたこと」にキレて、ギターに八つ当たり。
今度は別の弦を自分で切りに行った。
それでパコギターがダウン。かわいそうなギターである。
曲の途中に別のギターに交換して、なんとか曲を終わらせた。

こんな狂いっぷりに他のメンバーも火がついて、それぞれ思い思いに狂気乱舞した。
この楽しさこそ宮古島の醍醐味。
なにより時間を気にせずライブができるのがうれしい。
東京でライブをやっていると、基本的に楽しんではいるが心のどこかで終電のことや明日の仕事のことなどが見え隠れしてしまうものだ。宮古島ではそれらが全て取り払われ、100%楽しめることができる。
労働者バンドGispy Grooveにとってここはまさに理想郷なのだ。

ライブが終わったのは確か1時半くらいだったと思う。
メンバーはみんなクタクタ。でも心地よい疲れ。
ホテルへは歩いて帰れるのでビールもたくさん飲んだ。気持ちの良い酔っ払い具合だった。
最後まで残ってくれていたお客さんもたくさんいて、みんながうれしそうな笑顔をしていた。

12.また来るよ

翌日、相変わらず朝食はみんなちゃんと食べに来た。エネルギーを放出したので、妙に腹が減るのだ。
こんな生活をしていたら、えらく健康になりそうだ。
2泊3日組はこれが最終日。みなそれぞれゆっくり観光を楽しんだ。
このとき、台風が少し北東にそれていったがまだ停滞気味だった。その影響で海も荒れているところがあり少し残念。でも一通り行きたい場所をめぐり心から宮古島を楽しんだ。

夕方、悲しい東京へ帰っていくメンバーを見送るKG、Luis、Alberto。
この3人は3泊4日組なのであと一日ゆっくりすることができた。
KGも奥さんと子供と水入らずの旅行気分を味わえたようだ。

ちなみに4日目はLuisとAlbertoはKG一家の付き人のような役割を果たし、荷物持ちや赤ちゃんの世話、ビデオの撮影などを手伝ったりした。
美しい吉野海岸の浜辺でAlberto氏がKGにコブシのレッスンを行う。それを横目で不満げに見守る奥さん、そして服を着たまま海にダイブするLuis。
はたから見たらかなり珍妙な一団だったに違いない。
Marco(KGの息子のコードネーム)が大きくなったらこの時の事を教えてあげよう。

夕方、宮古島に別れを告げ飛行機に乗り込む。
「また来るさね。さらば宮古島。」


・・・そこへ、「待って!行かないで!」と未練がましく追っかけてくる者あり。

そう、台風20号のやつだ。
タイミングよく(悪く?)東京に戻ったときに本州沖合いに移動してきて、羽田に着く頃には大雨の土砂降り。
バンドのオッカケさんたちは大歓迎だが、こういうオッカケはタチが悪すぎる。

・・・というオチで、宮古島2005ツアーのレポートおしまい。

投稿者 gipsygroove : 01:13 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月07日

「ジプシー・ミュージックの真実」

05100701.jpg
知り合いの誘いで「ジプシー・ミュージックの真実」という本を書いた関口義人さんのイベントに行ってきた。
民族音楽に精通しているK氏と渋谷にある「国境の南」という名前のWorld Music Barへ。

ちょっと早めに着いてしまいほとんど人がいなかったが、徐々にお客さんも増えて8時を回るころにはお店は満杯状態。
イベントの趣旨を把握せずに来てしまったが、どうやらこの本が発売された刊行記念も含めてヨーロッパ・中東各地のジプシー音楽をBGMで流すDJイベントでもあるようだった。

たまたまカウンターの上にGGの新アルバムを置いておいたら、それを見た関口さんのほうから話しかけてくれた。
紹介してくれた知り合いが既にGGのことを教えてくれていたみたいですぐに打ち解けることができた。
CDを渡すと、あとで何曲かかけてくれると言う。
ノリの良い何曲かを伝えておいた。

しばらくカウンターでカクテルを飲みながらあちこちのジプシー音楽に耳を傾ける。
最近ではアルル・スタイルのジプシーミュージック(つまりジプシールンバのこと)を取り入れて、チェコやルーマニアのジプシーミュージシャンやバンドが流行の曲を多く出しているということを聞いた。
なるほど、BGMでかかっている音楽を聞くとジプシールンバのギターのリズムが聞こえてくるが、歌はどこか別の国の言葉だったりする。
単純にジプシールンバというのは誰の耳にも聴きやすく、どんな曲にも軽快で楽しい雰囲気をかもし出す効果があるようだ。

しばらくするとどこかで聞いたことのあるメロディーが。
関口さんがアナウンスしてくれた。「日本のジプシーキングス、Gipsy Grooveのアルバムからお送りします。」
・・・とてもうれしい気分になった。
しかし他のジプシー音楽の合間に流れてもなんの違和感も感じないということは、ある意味本物に近づいたと喜ぶべきことなのかもしれない。

一曲丸々かけてくれて、それに合わせてお客さんたちも楽しそうに踊っていた。
アルバムを作ってよかったと思う瞬間だった。

このほかトークショーがあったり、別のDJの方の選曲で様々なジプシー音楽を聴けたりして、とても楽しく、そして勉強にもなった。
まだ本は読んでいないが、近いうちに買って読むとしよう。(Luis)

投稿者 gipsygroove : 22:45 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月02日

八王子ミニライブ「Bienvenido a Nuestra Casa !」

「ようこそわが家へ!」
そういう意味を含めた新アルバム「Bienvenido!」がついにリリースされた。
思い起こせば1年半くらい前、ひょんなことがきっかけで今回のアルバム完成に向けてレコーディングが始まった。
縁あってすばらしい録音環境で制作が進められ、サウンド的にはとてもクオリティーの高いものになっている。
バンドの「音」をちゃんとした形として残すことが出来てとてもうれしい気分だが、今後はこのアルバムをもとに更にGGの音楽を世に広めていくきっかけともなるだろう。

さて、CD発売記念と銘打って、この前の日曜日に八王子でミニライブが行われた。

八王子の北野という住宅街にあるスペイン風のおしゃれな美容院「La Casa de la Frontera」。
普段はもちろん美容院として機能しているが、ちょっとしたパーティーやライブ会場にも様変わりできる、なんとも粋なお店だ。
ここの店主の高橋さんもフラメンコをたしなみ、今回のアルバムでもパルマで参加してもらっていた。

ライブ当日、最近は秋の風が吹いていたのに、この日は夏に逆戻り。
昼過ぎくらいに徐々に集まりだしたメンバー。
早速出来上がったばかりのCDをみんなに手渡した。それぞれ反応が熱い。

お店の中はライブをやるにはそれほど広くはないのだが、逆にこのこじんまりとした空間、人と触れ合う距離感がアコースティックバンドには心地よい。
音響設備もばっちり設置して準備万端。あとは開演を待つだけ。

演奏の前に食事を頂き、のんびりするメンバーたち。
ライブの打ち合わせとかは一切せず、世間話とかどうでもいいこととかしゃべって時を過ごした。

やがて演奏開始の合図が。
会場に入るとたくさんのお客さんが来てくれていて、やんわりとした熱気に包まれていた。
このライブはホームページにも載せてなかったし、プライベートライブ的なノリだったので、このお客さんの多さにうれしさがこみ上げてきた。

ステージ(と言ってもコンパネがいくつか敷いてあるだけ)に上がって楽器を手に持ち、演奏準備完了。
1曲目はPacoのオリジナル「Fiesta para ti」。
久々にやったので曲の出だしがどうだかみんな忘れていたが、Pacoが無理やり始めたので、それに無理やりついていくギター陣。
徐々にシフトチェンジして勢いづいていった。
お客さんも不意に演奏が始まったのであっけにとられたかもしれない。

ライブはなるべくオリジナル曲を中心に演奏していった。
昔はジプシーキングスの曲をメインにたまにオリジナルをはさむ程度だったが、今ではその反対のことができる。
だいぶ進歩したものだ。

第一部の最後は新曲「Mas Amor」で締めた。
高橋さんもお気に入りの曲で、山にきのこ狩りに出かけたときは必ずこの曲を口ずさんでいると言う。
GGの定番ソングになりつつあるが、歌はLuisが担当。目の前に女性のお客さんがいた関係で目のやり場に困ってしまった。

ひとまず休憩を入れて、第二部開始。
この間のPink Cowに引き続き、エレキドラムをMarioが叩いた。
安定したバスドラのリズムで演奏にも張り合いが出た。

途中、オリジナル曲「El Camino del Gitano(ジプシーロード)」のイントロでPacoがギターを狂ったように弾き始めた。
激烈に早いパッセージで弦を爪弾いたかと思うと、異常なまでに長い「間」を挟んだり、かと思えばギターがぶっこわれんばかりにぶっ叩きまくり、急に休んでビールを飲んだりする。
ジプシールンバとかフラメンコとかの領域を超えた「パコ」と言う名の小宇宙が展開されていた。
彼はジプシールンバの祖であるManitas de Plataを敬愛し、そのスタイルに近づこうとしているが、ある意味その域に達している。
・・・髪を振り乱して狂乱のギタープレイをしているうちに、ついにブチッと鳴って音が切れてしまった。
どうやらギターが気を失ってしまったらしい。
しばらく他のギターを借りて演奏し、少ししたら治っていた。このギターも手荒いご主人を持ってさぞ大変だろう。

ライブはそのまま佳境へ。
最後まで盛り上がってアンコールで「Vamos a Bailar」。
おなじみのパターンだが最終的にはお祭り騒ぎのようにしてライブ終了。
無事に(?)アルバム発表記念ライブを終えることができた。

アルバムもたくさんの方に買っていただき、幸先のいいスタートを切れた。
今後もあちこちでライブをやってこのアルバムを広めていきたい。

※オマケ
Daniel canta por la calle tocando la guitarra




疲れたパコと赤ちゃん



投稿者 gipsygroove : 23:00 | コメント (0) | トラックバック