2005年07月31日
代々木上原・結婚パーティー
前日に続いてこの日も出張演奏。
KGの知り合いのツテで結婚式の二次会パーティーの演奏を頼まれていた。
場所は代々木上原の高級住宅街にある会員制クラブのような邸宅内。
リッチな家々に囲まれた閑静な場所にあった。
参加メンバーはKG、Luis、Paco、Perry、そしてこのような出張演奏初参加のDaniel。
小田急線代々木上原に6時過ぎに集合をかけていたが、奇跡的にメンバーがほぼ時間通りに集合し、すぐに移動することが出来た。
駅から徒歩10分くらいの分かりづらい場所にあった。
KGが地図を見て先導したが、やはり迷ってしまった。
他のメンバーで場所を探し当てなんとかたどり着いた。
古い洋館を改造したような立派な一軒屋の中に部屋がいくつかあり、パーティー会場のような場所もあった。
メンバーはまず控え室のような場所に通され、ジュースやお茶などを頂いた。
しかし遠慮なきGGメンバーたちはアルコール成分入りの飲料を丁重に要求。
メイドさんは苦笑いしつつもこころよくビールを数本持ってきてくれ、無事ガソリンを注入することができた。
程なくして演奏の時間が。
演奏する部屋は20畳ほどのスペース。
別の部屋で歓談していたパーティー出席者達がポツポツと部屋に入ってきて、それを待ち構えていたかのようにGGの演奏がスタート。
今回、我々の演奏があるということはパーティー出席者には知らされていなかったようで、ささやかな驚嘆を味わうことができたのではないかと思う。
Pacoがリードギターを小アンプにつないだ他は基本的に生演奏。
いつものノリでスピーディーな曲を次々奏でて行った。
既に出来上がっていたパーティー参加者のみなさんもすぐに状況を把握し、日本人特有の縦型のノリでうれしさを表現していた。
「Volare」はやはりこういう場所で有効利用できる曲だ。
最後にアンコールを頂き、なぜか「Arrinconamela」を演奏。
この曲のサビは空耳で「アリコなめんなよ」と聞こえるため、とある保険会社に勤めるKGと出席者の一人であるその友人のためのテーマソングのようになってしまったが、全体的に笑いを誘うことができ、楽しいままにパーティーは終了。
新郎新婦も大変満足されたようで何よりだった。
投稿者 gipsygroove : 23:06 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月30日
ファミリー・パーティーで演奏
原宿駅前にある南国酒家という中華料理屋にて
メンバーのKikoの親戚一族が30人くらい集まってパーティーをやるというので、その席で演奏を頼まれた。
参加メンバーはKG、Luis、Perry、そして親族代表のKiko。
原宿駅前は必要以上に人が多く、意味もなくエネルギーが充満しているような場所だ。
夏の曇り空。湿度も急上昇し不快指数が頂点を極めていた。
そんな忌々しい人ごみと雑踏を抜け、駅から徒歩1分の場所にその店はあった。
パーティーをやるのにふさわしい個室がいくつか用意されており、そのうちの一室にKikoの親戚が一同に介していた。
30人ほどいる中の約3分の1はちびっ子たちで無論Kikoの愛息子3人集も健在だ。
メンバーが会場に着くなり早速演奏開始。
Kikoの長男(通称Tonino)も持参したギタレレで参加してくれるはずだったが、いきなりメンバーが演奏を始めてしまったので、その動作についていけなかったToninoは混乱を来たし、いきなり泣いてしまった。
Toninoよ、大人の世界は甘くないぞ。もっと大きくなあれ。
その後も演奏は続き、それほど広くない会場内を右往左往して生演奏の流しを行った。
ちびっ子たちも興味があるのかないのか、じっと見たり、まったく聞かずにちょろちょろ動き回ったりしていた。
だが普段笑顔を見せないKikoの次男坊(通称Miguel)がにわかに笑みを見せ、それだけで今日の演奏は成功だなと思ってしまった。
一族の長老のような親父さんがアカペラで「兄弟舟」を歌うと言うので、その伴奏を頼まれた。
演歌は意外とギターのコードが簡単である。
なんとなく歌にあわせてギターを弾き、好評を得た。
こういう席ではこのようなレパートリーも必要かと思われた。
一通り演奏が終わり、食事などを頂いたりして、最後にもう一度演奏。
大盛況のままパーティーは終了。
今夜はちょっと飲みすぎた。
投稿者 gipsygroove : 23:27 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月14日
全員集合!Pink Cowライブ
GGのメンバーは過去に多少なりとも変動があった。
この春もギターのDiegoが韓国転勤のため一時脱退。紅一点のSayaも事情により脱退。
毎回限られたメンバーでライブなどを行っていたが、そろそろメンバーを増やしてもいいのではと考えた。
そこでLuisの古くからの友人でフラメンコつながりでもあるDanielをメンバーに迎え入れることに決めた。
彼とは何度か遊びでセッションをしたことがあったが、以前からジプシーキングスの音楽にも興味を持っていたようで、機会があれば一緒にやってみたいと思っていたのだ。
南米系のハーフであるDanielは見た目も外人っぽく、スペイン語も得意。フラメンコのギターやカンテにもある程度精通しており、Gipsy Grooveとしても彼は貴重なメンバーとなっていくことが予想される。
さて、そんな彼のGGライブ・デビューの日がこのPink Cowライブの日だった。
おりしもこの日はニューアルバムのジャケット用写真を撮影するためそのほかのメンバーにも全員来るように声をかけていた。
特に問題なくライブ開始前にはメンバー全員がそろっていた。
これはかなり珍しい現象だ。
ただ、平日の夜ということで普段会社に勤めているメンバーにとっては家庭に内緒で「仕事」と偽ってライブに参加する傾向があり、かえって土日よりメンバーが集まりやすいともいえる。
Pink Cowでのライブはメンバーの人数にも波があるが、お客さんの数にも波がある。
ひどいときは5〜6人しか観客がいなかったこともあったが、この日は運よくものすごくたくさんのお客さんが見に来てくれた。
フルメンバーだしお客さんの勢いもあってライブはしょっぱなから好調に流れていった。
新メンバーのDanielはまだ曲を覚えていないということで2部の最後の方に出演してもらうことにした。
彼はフラメンコのステージでもRumbero(ルンバ・フラメンカの歌い手)として出演していたこともあり、スペイン風の明るいノリのルンバも何曲か知っていた。今後GG風にアレンジしてライブでやってもいいかもしれない。
さて、2部の最後の方、いよいろDanielの登場だ。
とりあえず彼が知っている曲で「Arrinconamela」と「Volare」を歌ってもらった。
初めて聞く彼の歌声に客席からも黄色い声援が送られた。
まだ高音を出すのになれていない面もあるが、今後もいろいろレパートリーを増やしてKGとともにボーカルを彩ってもらいたい。
ライブ終了後、冒頭でも述べたとおりアルバムジャケット用の写真を撮るべく表の広場へ。
今までフルメンバーではろくな写真がなかったのだが、今回はなかなか渋い全体写真を撮ることが出来たと思う。
これをジャケットに活用するかは検討中だが、今後フライヤーなどでも使って行きたい。
写真撮影後、再び屋内に戻り、余った時間で流しライブ。
Danielが歌うコーヒールンバがなかなかよかった。この曲は割りとメジャーだし、今後GGのレパートリーとして追加してもいいかなと思っている。
このときジャズミュージシャンのマイケル後藤さん(前回の大分で知り合ったフラメンコアーティスト後藤マリさんのだんなさん)がフルートでセッションしてくれて、まろやかなハーモニーをかもし出していた。
メンバーが全員そろうことはめったにないが、久々の全員集合で楽しい夜のフィエスタとなった。
投稿者 gipsygroove : 23:19 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月11日
大分遠征ライブ at Brick Block
ボーカルKGの故郷、大分へ今年も遠征してきた。
去年は結婚式の演奏依頼+ストリートライブだけだったが、今年はちゃんとしたライブハウスでの演奏が目的だった。
7月8日(金)
メンバーのKG、Luis、PerryそしてMarioは羽田空港で待ち合わせ。
過去に出発の段階からひどい目にあったことがあるのでなるべく集合時間は早めに設定しておいた。
が、KGは40分くらい遅れて到着。しかしそれでも時間に余裕があったので、とりあえず無事に東京出発。
大分までは1時間半くらいの空のたび。一眠りしたらもう現地へ到着してしまった。
天気はあいにくの曇り空。梅雨の真っ最中というのは分かるが、低気圧も接近しているようで心配だった。
出迎えはKGのお父さん。去年の大分遠征でもお世話になり、今年の東京・カレッタ汐留ライブにも家族で見に来てくれ、メンバーにとってもおなじみであった。
車で迎えに来てくれていたのだが、道路の真ん中に豪快な停め方をしていてまずびっくり。
そしてエンジンをかけようにもバッテリーが上がってしまっていて二度びっくり!
仕方ないので近くに停まっていた車に助けを求め、充電してもらった上で出発。
バンドで遠征に出ると必ず一つや二つはハプニングが生じるが、今回は大分についてしょっぱなにちょっとした珍事が発生した。
車の運転はKGが担当。普段運転する姿を見せないKGに他のメンバーは緊張を強いられた。
前傾姿勢でハンドルにちょこんと両手を乗せて運転する異常な姿にメンバー各位から鋭いツッコミが出されたが、彼はその運転方法が気に入っているらしい。
一時間ほど走り大分市内にやってきた。
去年も立ち寄った名物料理を出すレストランでしばし休憩。
そこでエンジンを切ったが最後、バッテリーが事切れて二度と復活しなくなってしまった。タイミング良く(悪く?)バッテリーの寿命が来てしまったらしい。
しかしKGのお父さんがすぐさま対応して近くの修理屋に電話。なんとか食後には新しいバッテリーに交換してもらい事なきを得た。
料理は名物のタコを使ったタコカレーとかタコ丼とかがおいしかった。
そこから車で少し走ったところに今回ライブをさせて頂く大分「Brick Block」に立ち寄った。
中の様子を見たりしたがオーナーの大津氏は不在で挨拶ができなかった。
とりあえずスタッフの人に言付けしてその場を後にした。
そのあと再び車で1時間ほど走りKGの実家へ。
湯布院の町の自然が一杯のところで彼は幼少時代をすごした。
その一角に食料品や雑貨を売るお店がある。そこが彼の実家だった。
ご家族の方と挨拶を交わし、迎えに来てくれたお父さんはここで降りてもらい、続いてメンバーだけで今度はKGの実家の別荘へ。
去年も使わせてもらった温泉付きの一軒屋で、中は一通りの家具と電化製品、生活用品が揃い、普通に家族が暮らしていけるような設備は整っていた。普段は使っておらず今回のように来客があった場合などに使用すると言う。
荷物を運び込み、少しくつろいだ後に外食することにした。去年は女性陣もいたため料理・後片付けなど決め細やかな対応をしてくれたが、今回はむさくるしい男だけだったので料理も作る気が起きず、外食ということで満場一致した。
KGの幼馴染から紹介された居酒屋に車で向かった。
ここで問題なのが帰りの運転は誰なのか、ということだった。
しかし話し合うまでもなく自動的に「帰りはLuisが運転するから大丈夫だよ」と任命されてしまった。
こういう場合は普段のアルコール摂取量が少ない人間が貧乏くじを引くことになる。
飾り気のない地味な居酒屋だったが、料理は最高にうまかった。
帰り際に長浜ラーメン屋にて麺をすすった。450円で替え玉おかわり自由とはすばらしい。
この日はこのまま宿に戻り軽くギターの練習をしたりして各自好きなところにごろりと横になり就寝。
7月9日(土)
午前中は宿でゆっくりして昼ごろ出発。
この日の昼の便でベースのTinoが東京から到着するので、みんなで迎えに行こうということになっていた。
宿を出るとものすごい雨が行く手を阻んでいた。おりしもタチの悪い低気圧が九州全域を包み込んでいて
大分県でも土砂崩れなどの被害が出たほどだ。
宿から空港まで2時間ほど。
相変わらず土砂降りの雨。小型機を扱う航空会社は欠航が相次いでいた。
Tinoの乗ってくる飛行機は無事に来るだろうか心配だったが、予定時間より10分ほど送れて無事に到着した。
空港を離れてそのままライブハウスに向かうことにした。
その前に腹ごしらえ。
途中で見つけた焼肉食べ放題のレストランに入り、狂ったように肉をむさぼり食った。
メンバー一同ニンニク臭くなったところでライブハウス入り。
余談だが、ライブハウスの近くに「Hotel KG」というホテルを発見。何かの因縁か。
オーナーの大津氏に挨拶をして準備にとりかかる。
セッティング+軽いリハ。
大分でも有名なジャズハウスというだけあって音響はかなりしっかりしている。
サウンド面で少々調整を加えたがほとんどすんなりリハを行うことが出来た。
Tinoのご両親がはるばる福岡から見に来てくれ(Tinoの実家は博多)ライブの途中で帰らねばならないということだったので、まだ開場前だったこともあり特別に生演奏をすることにした。
何曲か演奏してご両親も満足げだった。
さて、6時半に開場。未知の土地でお客さんがどれほど来てくれるのか心配していたが、それも杞憂に終わった。
KGの高校時代の同級生などがたくさん来てくれ瞬く間に座席は埋まっていった。
そのほか近くに住む人たちがうわさを聞いて来てくれたり、去年大分駅前のストリートで知り合ったベリーダンサーが知り合いを連れて見に来てくれたりした。
また、近くでフラメンコスタジオを運営している後藤マリさんも来てくれた。
メンバーは2階席の奥のほうをカーテンで仕切られ、そこで待機していた。
ある一定期間ごとにKGの「オーーッ!」という叫び声が聞こえる。懐かしい友との再会の際に発する喜びの雄叫びだ。
他のメンバーはその叫びを聞き客の入り具合を推測することが出来た。
7時半ごろいよいよ開演。
ステージから客席を見るとGGにしては近年まれに見る観客数である。
一曲目の「Bienvenido!」から気合全開で演奏した。
この曲は「ようこそ我が家へ!さあみんなでフィエスタを楽しもう!」という、いわば準備体操のような歌だ。
お客さんも演奏者もまず一曲目から徐々に体をほぐしていき、心も体もリラックスして楽しもうという思惑もなんとなくある。
いつものようにノリノリのナンバーを中心に演奏していったが、大分の人たちはこういう音楽は初めて聞くのかもしれない。
体を揺らしてリズムに乗っているのが分かった。演奏者としても力が入る。
今回のリードギターはMarioがつとめ、当然彼の得意曲も披露していった。
2部の最初の曲が「Liberte」というGipsy Kingsの名曲インストゥルメンタル。これをMarioが恐ろしく上手に完璧に弾きこなしてくれた。
サウンドだけ聴いているとまるで本当にTonino Baliardo(Gipsy Kingsのリードギタリスト)が目の前で演奏しているかのような錯覚に陥る。
ノリを保ったままライブも終盤。
一応最後の曲として考えていた「Bamboleo」で客席オールスタンディング。続いてアンコールに用意した曲でも会場はさらに盛り上がるばかり。もう2曲くらいアンコールの曲を演奏したが、それでも客席の熱気は収まらなかった。
ボーカルのKGは予想外の展開にかなりの疲労だったに違いないが、客席から後押しされ引くに引けない状況だった。
故郷に錦を飾るため中途半端には終わらせられない。
ここで一旦演奏を切り上げたかったがそうもいかず、客席流しライブに切り替えた。
生ギターで各テーブルを周り、力いっぱい演奏する。
お客さんとして来ていたベリーダンサーの人たちやフラメンコの方々が率先して踊ってくれて会場は興奮の坩堝と化した。
2階席のテーブルも全て周って、ここでひと休憩入れたいところだが、お客さん達の視線が熱すぎる。
再びステージに戻ってPAにつなぎ、「Volare」を演奏。
精魂尽き果てたKGを見て店のオーナーが「ドクターストップ」をかけた。
とてもいいタイミングでライブの幕を閉じることが出来たと思う。
汗ダクダクになったメンバーは来てくれたお客さんに挨拶。
ライブ後は軽く打ち上げを行ったが、KGの昔の友人や地元の知り合いが一緒に残っていろいろな話で盛り上がった。
KGのお父さんも気分が高揚して誰彼ともなく話しかけていた。KGも年をとったらこういう親父さんになるんだろうなと思わせるものがあった。
今回のライブは大成功だったと思う。宮古島のように毎年恒例イベントとしたい。
来年は今回のライブに来てくれたKGの友人達がたくさん知り合いを呼んでさらに盛り上がることに違いない。