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2005年06月10日
アルルとサント・マリー・ド・ラ・メールへの旅(その5)
演奏の途中だったがその場を離れて、昼飯でも食べに行くことにした。
そういえばニームを朝早く出て、まだ何も食べていない事に気づいた。いや、正確に言うとフランスに来てから食事をとっていなかった。
空腹を忘れる程サントマリーの街は刺激的だった。
適当な店に入ってパスタでも食べる。
料理を運んできてくれた人が「ボナペチ!」と言ってくれるのがうれしい。
「ごゆっくりとどうぞ」くらいの意味だろうか。
料理はそれほどうまくなかった。
さて、その後も街をうろつき、いろいろな演奏を見て周った。
別のグループが数人でかなりクオリティーの高い演奏をしているのが目にとまった。
歌もうまいし、ギターテクもすごい。
しばらくじーっと見ていたら、演奏が終わり人だかりも解消された。
するとその演奏者からスペイン語で声をかけられた。
「ギター弾くの?よかったらこれからファミリーでフィエスタやるので来ないか?」と誘われた。
別に断る理由も無かったのでOKして後に付いていった。
カマルグに住むジプシー一家で、ファミリー総出でお祭りに来ていたようだ。
名前はPatrac Sergeと言って、やはり音楽で生計を立てているらしい。
そのファミリーらしき団体で歩いている時、「あれは自分の兄で、あれはいとこの娘で・・・」といろいろ家族親戚の紹介をしてくれた。
極めて紳士的な対応で直感的に、悪気は無く本当に好意で誘ってくれたんだなと思った。
しばらく歩くとある広場に出た。
そこにはものすごい数のキャンピングカーが無造作に駐車してあり、それぞれのファミリーが「家」を設置していた。
まるで迷路のように入り組んだキャンパーの間を縫って、ようやくSergeたちの本拠地にたどり着いたようだった。
なんだかよく分からず椅子に座らされ、コップにきついアニス酒を注がれて、「飲め飲め」といきなり言われた。ちびちびやっていると「フィエスタなんだからもっとガンガン飲み干せ」と言われた。無茶言うよ。
車の中からまるで冷蔵庫や茶箪笥のような体格のおばさんたちが出てきて料理を用意してくれた。どうしたらそのような体格になるのか不思議だったが、ジプシー女性のたくましさをビジュアル的に垣間見た気がした。
またどこからともなく別のファミリーが現れ、横綱曙似のおばさんがいた。
Sergeに聞くと、親戚や親しい友人を呼んだんだ、と。
みんな親切で、いきなりの来客にも家族同然のもてなしというか扱いをしてくれた。
Sergeからは自らのグループが出しているCDを頂いた。
一通り食事を済ませると、Sergeとその兄貴がギターを出し、釣られて自分もギターを出し、なんとなく演奏が始まった。
ジプシーキングスの曲や聴いたこと無い曲を演奏したが、だいたいギターのコードが分かるので楽しくプレイできた。
途中で何人かが演奏に加わり、歌もみんなで歌ったりした。
しかし本場の歌声は違うな!ギターを弾きながら聞きほれてしまった。
演奏が終わるとまた親指を立て「ユー!ベリーグーよ!」とはやし立てられたりして面白かった。
その後も酒を飲んだりしながらフィエスタを楽しんだ。
気づくとあたりはもう真っ暗。
テントの下では暗闇の中フラメンコの音色が聞こえた。隣の人の顔がはっきり見えないくらい暗いのに昼間と同じように普通にしていた。明かりをつければいいのにと思ったが、あるのは弱々しい小さなランプが一つだけ。ジプシーはエコロジーで地球にやさしい。
SergeからもらったCD 「Karra White」というバンドで、帰国した後に聞いてみたがかなりクオリティーの高いアルバムだと思った。 こういう優れたミュージシャンがまだまだこのカマルグという地域にはたくさんいると改めて感じた。
「アミーゴ、今日は泊まって行ってもいいぞ」と言われたが、もうちょっと街中を見たいと言う気分もあったし、ちょっとバテ気味だったのでアルルに帰って明日また来ようとも思った。
Sergeたちには「また明日会おう!」と告げてその場を後にした。
キャラバンの迷路を抜けてまた街に出た。
もうすっかり日も暮れ、だいぶ静けさを取り戻したようだった。
ふと気になってアルルへのバス乗り場へ行ってみた。
なんの根拠も無いが、なんとなく遅くまで走っているだろうと思っていた。が、実際は甘くなかった。最終バスは午後7時。時計は既に9時を回っている。
どうしよう、アルルに戻れなくなってしまった。
しばらく途方に暮れたが、とりあえずもう少しジプシーの演奏を見てから考えようと教会の方に歩いていった。
暗くなってからも教会広場では幾つかのグループが演奏しており、その周りにはものすごい人だかりが出来ていた。
スイングジャズのバンドがアンプを使って派手にやっていた。
熟年ヨーロピアンカップルが楽しそうに踊っていた。
ジプシースイングジャズ(マヌーシュ・スイング)と言えばジャンゴ・ラインハルトだが、彼に憧れるあるギタリストが主人公の「ギター弾きの恋」とか言う映画を思い出した。 また、ジプシー映画を数多く製作したトニーガトリフの作品「僕のスウィング」も、まさしくこのような音楽が題材となっている。
ムービー
■スイングジャズにあわせて踊る老夫婦
一方、50メートルほど離れた場所でジプシールンバのパフォーマンスが行われていた。こちらは生歌・生ギターだが、人だかりと熱気がすごかった。
見ている人は何とか輪の中に入ろうと、パルマを叩いたり盛んにハレオをかけたりしていた。
ルンバだけではなく、ブレリアやセビジャーナスなどフラメンコも奏でられ、黒髪の美しい女性が華麗な舞を見せていた。
歌い手もパワフルで周りの空気を震わせていた。
ギターは歓声に包まれて聞こえづらかったが、全体的にはアンプをつないでいるスイングジャズより遥かに盛り上がっていた。
ムービー
■闇夜のフィエスタ
さて、この後どうしようか。
街は既に眠ってしまったかのように静まり返っていた。
先ほどのジプシーのキャンパーに泊めてもらおうと考え、キャラバン広場に行ってみたが、こちらも既に暗闇が支配しており、どこに彼らの「家」があるのか全く分からなくなってしまった。
旅は時にタイミングがモノを言う。
いい意味でも悪い意味でも。
今夜はかなりタイミングが悪い。
仕方なく、バス停の屋根の下で一夜を明かすことにした。
地中海性気候地域では昼暑くなった分、夜はかなり冷える。上着を持ってこなかったら凍え死んでしまったかもしれない。
いろいろ野宿は経験したことあるが、今回のは結構大変だった。
浮かれすぎてビデオカメラ盗られるはバスは乗り損ねるは、ひどい目にあったが、Manitasやその他、ジプシーミュージシャンとの出会い、ともに演奏した喜びを味わうことが出来たことは、かけがえの無いことだ。
続く
投稿者 gipsygroove : 2005年06月10日 18:30
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