2004年01月25日
フラメンコライブ in 六本木
本家Gipsy Kingsが来日公演を行った頃、それに乗じてコンサート会場近くでストリートライブをやったのを覚えている。その時に見ていたオーディエンスの女性が2年ぶりくらいにメールをくれ、最近になってGGのライブを見に来てくれるようになった。
彼女はフラメンコ舞踊をたしなみ、仲間達といっしょにフラメンコサークルのような感じで踊りを学んでいたのだが、今回その仲間達で初ライブを行うという話があり、そこにGGがゲストで演奏してくれないか、と持ちかけられた。もちろんのこと快諾。
ライブを成功させるためにメールなどで綿密な打ち合わせが行われ、いよいよライブ当日。会場は六本木にあるラテン気質のサルサクラブだった。昼ごろに準備・セッティングのため会場に入ったのだが、フラメンコ関係の出演者で埋め尽くされており、既にスペインのタブラオのような雰囲気が充満していた。
PA機材はGGのものを提供し、今回もまたスーパーアドバイザー・Mario氏がエンジニア顔負けの活躍ぶりだった。マイクチェックや音出し、フラメンコのリハーサルなどが立続けに行われた。GGのメンバーはいつものようにバラバラに参上し、おもむろにギターのチューニングなどを繰り広げていた。今回はリードギターのPacoが都合により欠席。またしてもMario氏にお願いする形となった。
3時過ぎにライブが始まり、次々にフラメンコの歌と踊りとギターの競演が展開されていった。
それにしても、
「KGさんはいつになったら来るのだろうか?」
というのが目下の心配事になっていた。公私ともに忙しい彼はライブの当日も自分のペースを崩すことができず、この日も遅れての到着ということだったのだ。
会場が地下だったためケータイ電波が通じず、もしやと思って外に出て電話をかけると、案の定、迷子になっていることが判明した。すぐさまメンバーの何人かで捜索を開始し、程なくしてなんとか発見・連行するに至った。
この日、参加したメンバーはLuis、Mario、Perry、Diego、Tino、MasatitoそしてKGだ。メンバーが揃ったところで軽く打ち合わせをしてあとは控え室でくつろぐことにした。控え室はお店のVIPルームがあてがわれ、ゆったりとしたソファーに寝そべるような体勢で時を過ごした。しかしフラメンコ・ダンサーも同室のため、若干の緊張感も持つ必要があった。
カホン担当のMasatitoはフラメンコでも大活躍。もともとフラメンコ畑なので当然だが、リズム感といい、ノリといい、着実に腕を上げて、GGのライブも大いに盛り上げてくれる貴重なリズムの番人である。最近結婚して心理的余裕も出て来たのだろう。「腕」も大事だが「心」はもっと大事だと思う。
さて、一通りフラメンコの出し物が終了して、なぜかトリにGGの出番が与えられていた。ここで注意しなくてはいけないのが、フラメンコとジプシールンバの違いである。
フラメンコは「アート」であり、ジプシールンバは「エンターテイメント」なのである。お客さん的に「アート」を見る目で我々を見てもらっては困るのだ。
しょっぱなから「Baila me」や「Mirando Estrellas」などのイケイケ系のナンバーを連発するのだが、予想通りお客さんの反応は今一つ。美術館の絵を見ていたら突然お笑い芸人が出て来てコントをやり出した、というような状況だろうか。フラメンコの場合、アーティストがプレイしている時には一緒にパルマ(手拍子)をするのはもっての他なのだが、ジプシールンバの場合はその逆、むしろ演奏の邪魔になるくらい踊り狂ってくれたほうが、こちらとしても張り合いが出るというものだ。
しかし、曲を演奏し、会場のムードに少しずつひねりを加えていき、最後の方は何とか盛り上げることが出来たと思う。フラメンコのバイラオーラ達も「Volare」や「Djobi Djoba」で振付けを披露し、最終的には楽しく幕を閉じることが出来た。
フラメンコのアーティストとも交流ができ、いつもとは違う雰囲気のライブでいい刺激となった。それと同時にフラメンコを見る人たちにもジプシールンバという存在をもっと認識してほしいという気持ちが強くなった一日でもあった。