2003年06月22日
GGの宮古島遠征
人は生きている以上運命に従わなければならないと思う。
今回のGipsy Groove宮古島遠征は、まさにそんな表現がぴったりと来るほど運命的なものあった。
東京を主な活動拠点とするGGにとって、宮古島なんて思いもよらない場所だ。今回のライブが決まる前は、その島の正確な場所さえも知らなかったし、こんな機会がなければ一生行くこともなかったと予想される。
・・・発端はストリートライブだった。出会いの多い路上でのライブは様々なきっかけをつくるのに絶好の催し物だ。バンド結成後の黎明期には路上で多くの人に声をかけられ、結果的にいくつかのライブハウスや結婚披露宴などでの演奏につながっていったものだ。
記憶を辿ろう。あれは約2年前、何かの都合でGGは品川駅港南口にてストリートライブを繰り広げていた。その時品川でのライブは2度目くらいだったろうか?屋根があり、人通りも多いことからGGの比較的重要出没ポイントとなっていたと思われる。オフィス街に面しており、帰宅ラッシュ時を狙ったため人の流れも尋常ではなかった。ところが、いかんせん東京人は当たりも冷たい。通り過ぎる人々はチラリと流し目を送るのみで、誰一人立ち止まる気配がなかった。まさに群集心理学的悲劇だ。
しかし、そんな中、我々の演奏する前にデーンと立ちはだかる女人あり。記憶を辿って思い出したが、確かに存在感のある女性だった。演奏を熱心に聞いてくれ、リズムにあわせて体を動かすその女性こそ、今回の宮古島遠征の鍵となる人物だったのだ。前置きが長くなったが、以後の展開は以下の通り。
ヘロヘロに酔っぱらったその女性にGGの名刺を渡したのは覚えている。あとで聞いた話によると、大事なカバンをなくしたりしたのにその名刺だけは大切に持っていたという。その時彼女は宮古島から東京に遊びにきており、たまたま品川近辺で飲んでいたらしい。島では新装オープンしたライブバーで働いており、GGの存在もしばらく忘れていたにもかかわらず、ある日突然名刺のことを思い出し、店長に話を持ちかけたところ、すぐOKが出たという。そのライブハウスでは実力のあるミュージシャンが多く演奏していたにもかかわらず、なぜ、どこの馬の骨とも分からぬGGに出演許可が下されたのかというと、理由は簡単。店長はジプシーキングスが大のお気に入りだったのだ。いつぞや彼等のCDアルバムをプレゼントされ、それが店の雰囲気にぴったりだったため、以降、BGMとしてよく用いることになったらしい。そんな音楽が生で聴けるとあっては、黙ってはいられないだろう。そんなわけでトントン拍子に今回の遠征ライブが決定したのだ。
ただ一つ問題があった。飛行機の運賃だ。交通費は我々持ちだったのだが、国内とは言え沖縄より遠い宮古島は行くのにもかなりの航空運賃を要求される。ところがこれも運良くJAL系列の「バースデー割り引き」にうまく引っ掛けることができた。6月が誕生月のメンバーがなんと3人もおり、そのうちの1人を割り引き対象にすることができたのだ。1人でも割り引き対象者がいればあと3人も同じように割り引きの対象となる、というステキなものだった。
しかし、さらにもう一つ問題があった。出発の2週間くらい前に急きょ宮古島唯一のラジオ局、FMみやこに出演することが決まり、その際にオリジナルのCDが必要ということになってしまったのだ。ここでがんばったのがパコ。もともとコンピューターに疎い彼だったが、一念発起し、録音編集機材一式を買い込み、今まで仮に録音した音源をただひたすら紡ぎあわせていく日々が続いた。結果的に出発日当日には出来上がらなかったのだが、そこで諦める彼では無い。ノートパソコンとギターを手に、車の中や飛行場でもその作業を怠らなかった。彼の驚異的集中力と情熱的野心には全く脱帽だ。果たして、ライブまでにCDは出来上がるのだろうか?
今回の参加メンバーはケイジ、ルイス、パコ、マリオの4人だ。そしてアシスタントとしてパコの彼女にも来てもらうことになった。(彼女は今回すばらしいマネージャーぶりを発揮してくれた。)飛行機の都合もあったのだが、とにかく今回この4人でがんばって、次回につなげることができれば、その時はメンバー全員で行ってやろうと心の片隅で密かな企みを抱いていた。
出発当日、羽田空港に集合したメンバーは眠い目をこすりつつ飛行機のチェックインを済ませた。みな平日は仕事を持っているため少々の疲労はやむを得ないが、パコは前日夜遅くにもCD製作に精をだし、ほとんど寝ていない状況だった。もはや頭の弦が3,4本ぶっちぎれている状態なので、いわばナチュラルハイで、逆に妙に元気が良かった。
ほどなくして飛行機に搭乗。夏休みでもなんでもないのに機内は以外と混んでいた。早々と席につき、離陸と同時に一眠り。しばらくして気付くと、既に沖縄近海上空にいることに気付いた。
機内の粋なアナウンスで、それが沖縄諸島の名のある島々だということが分かった。それにしても美しい。珊瑚礁が透けて見える濃い色の海が陽に輝いて、言い様のない美しさをかもし出していた。これからそんな場所へ行くのだとおもうと、いても立っても居られなかった。ふと気配を感じた方向を見ると興奮したケイジがウロウロと通路を動き回っていた。彼は出発前の2〜3日、ワクワクして寝つけなかったという。
宮古島へは2時間半くらい。もう少し飛べば台湾にも行ける距離だ。飛行機はゆっくりと着陸し、乗客はみなそれぞれの思いを胸に宮古の地を踏む。荷物を受け取り、外に出ようとするとふと大きな横断幕が目に映った。「ようこそ宮古島へ 歓迎!ジ・・・」まさか、と思ったが、実際は「歓迎!ジャパネットたかた様」とあった。一緒の飛行機だったのかな??
我々の出迎えにはライブハウスの店長、日置さんが来てくれていた。よく陽に焼けて、いかにも!という南国の男っぷりだった。空港から外へ出ると、そこはもはや夏!強烈な日ざしと異様に眩しい陽光でここが南の島だという実感が改めて湧いて来た。心配された梅雨や台風も過ぎ去ってしまったようだ。
車でまずはライブハウスに向かった。車中、店長による宮古島での生活習慣などのレクチャーがあった。宮古の人々の特徴、食文化などなど、興味深くためになることばかりだった。また、宮古の交通ルールはある種東京と異なっていた。曲がる時にウィンカーを出さない車、時速15キロで走る車、全然よけようとしない雀ども、突然出没するおばあ&おじい・・・それらに必要以上の注意を払わなければなならい。
そうこうしているうちにライブハウス「Beema-Beema」に到着した。まだ準備中で当然客が居なかったのだが、まさに我々のイメージ通りのお店だった。丸太や材木をいかした店内はエスニックな風情に満たされており、音響もよさそう。たちまち気に入ってしまった。早速リハーサルで何曲か演奏する。
そこへ今回の遠征のキーパーソンとなる女性が現れた。名をサヤカという。うちのメンバーと同じ名前だが、性格はまるで正反対??とにかくラテン気質でノリが良い。いろいろな偶然が重なりあって、今回のライブが実現したのだが、これも運命なのだろう。
一通り準備が済んだ所で昼食をとりに行く。
もちろん沖縄料理だ。チャンプルーものや各種ソバ系統など、どれをとってもヘルシーかつパワフル。沖縄が世界一の長寿県だというのも大いに頷ける。
腹を満たし、ライブハウスへ戻ると、昼食も食べずにパコは引き続きCD作成に没頭していた。恐るべき忍耐力。土産のゴーヤチャンプルを献上した。
その後、メンバーは宿に案内され、しばし休息をとる。東南アジアのゲストハウス的な宿だったが、ゆったり落ちつくことが出来た。一眠りしようとするルイスにケイジがささやきかけた。「・・・ちょっと海に行かない?」
やはり居ても立っても居られないようだ。
時間が限られていたのだが、ちょっと散策してみることにした。しかし近くの漁港を見るだけでは満足しきれないケイジ。では、車で砂浜に行ってみよう!予め借りておいたレンタカーで走ること10分くらい。人もまばらな美しいビーチに行き着いた。ただ、海辺に出るには砂山を越えて急坂を下りなければいけない。その時は戻ることは念頭になく、海をめざしてまっしぐら!まったく、大人を子供に帰らせる島だ。ラジオ出演のため、すぐに戻らなければいけなかったので、息を切らせて砂丘を上り、車で宿に帰還。いいウォーミングアップになった。
その後、休むことなくラジオ出演のため、車でFMみやこラジオ局へ!売れっ子の演歌歌手のような忙しさだ。
車で走ること15分くらい。当初は町の中心部に存在しているのかと推測していたが、実際はとんでもなくカントリーな山の上に位置していた。しかも、プレハブのような、一見工事現場の詰め所を思い起こさせる建物こそFMみやこの放送局()であった。イメージとの相違に一瞬たじろぐものの、逆に家庭的な雰囲気でリラックスすることができたメンバー各位。
中に入ると、和やかなムードを漂わせたオフィスと家庭用防音装置のようなDJブース。抱いていたイメージが崩壊して行くと同時に、リラックス度がアップしていった。しかし、実際本番が近付くと次第にメンバー4人の顔に緊張の色が浮かんできた。この時の模様をビデオに収めたのだが、改めて見るとその緊張感が痛いほど伝わってくる。
リハーサルも何もないままDJブースへ突入。マイクが4本用意されているのみでまさにぶっつけ本番。さすがのジプシーもこれには参った。聞いているのはCMが終わったと同時に間髪入れず演奏をする、ということだけだった。
DJはC・ペプラーのようなこわもての声を発する大柄の男性。あいさつもほどほどに不意に「3、2、1・・・Q!」と手で合図される。内心「まじ、いきなり??」と思うもパコのリードギターがうなりだし、曲演奏開始。曲は宮古島のイメージにぴったりな日本語の歌、「La Isra Verde」。とにかく曲が始まってしまえばこっちのものだ。ノリノリといきたいところだったが椅子などに座って演奏したためどこかぎこちないものだった。なんとか1曲終えた後はなんだか普段とは違う開放感があったが、すかさずDJ氏のトーク&インタビューが待ち構えていた。もちろんこんなのは初体験のGGにとっては蛇の前のかえるも同然。雰囲気にのまれてしまった。宮古島へ来たこと、バンドのこと、今夜のライブのことなどいろいろインタビューされ、メンバーそれぞれ辿々しくもそれに応じた。無難にこなすことはできたが、反省点も山盛りだ。今後はこんな事態にも軽々と対応できるような体制を作っていきたいと、FMみやこを後にする時に思わざるを得なかった。
一旦宿に戻り、休息後、準備を整えてライブハウスに向かった。現場は宿からは歩いて5分くらいの場所にある。宮古島の中心は平良市(ひららし)と言い、そのまん中の商店街が西里と呼ばれる地域だった。東京では希薄となっている近所付き合いという観念がいまだに根強く残り、1〜2年も同じ場所に住むとほとんど知らない人はいなくなるという特典があるらしい。隣りにどんな人が住んでいるのかも分からない首都圏民にとっては妙にうらやましい環境だ。
ライブハウスでヘルシー&ヘビーなまかないをいただき、ビールを散々あおった後、ライブ開始。
パコはなんと演奏の合間にもノートパソコンを傍らに置き、CD制作(その時は焼き増し作業)をテキパキとこなしていた。こうしてCDが焼き上がり、出来立てホヤホヤのままお客さんの手の元へ渡ることとなった。
実はこの日はそれほどお客さんが多くなく、演奏自体は割合落ち着いたものだった。店長によると次の日のライブが本番で、客もたくさん呼んであるとのこと。
まあそれでもこの日のライブも最後の方になるとかなり盛り上り、初日はこんな感じで幕を閉じた。
2日目、ライブが夜からあるのみで、あとは自由の身であった。
時間がたっぷりとあったのでレンタカーで島内観光としゃれこんだ。昼過ぎ、宮古一うまいと評判のそばやに入り、宮古そばやソーキそばを頂いた。道端のほったて小屋のようなところだったが、中は満員御礼、おまけに巨大なゴキブリに歓迎された。日本の一般的な食堂と違って何かアジア的なカオスを感じた。しかしそんなチャンプルーな空気がよりいっそうそばをうまくしているのかもしれない。泡盛に唐辛子を漬け込んだクースという調味料をそばに加えれば、それは絶品となる。
その後、宮古島の東側に位置する吉野海岸という超ローカルかつ劇的な穴場スポットへ向かった。ここはかなり広い海岸であるにもかかわらず、観光客はもとより地元の人の数も少ない名所だ。そして、まず海が恐ろしくきれいだった。遠浅の浜辺にびっしり珊瑚が生い茂り、透明度も抜群。ダイビングの心得があるケイジとルイスは持参したシュノーケリング3点セットを身にまとい、有無を言わさず海に駆け込んだ。水中はまるで別世界。色とりどりの珊瑚と多種多様の魚達。夢を見ているようだ。
パコは彼女とラブラブモード。ふと気付くとマリオの姿がない!どこに行ったのかとしばらく探したがどこにもいなかった。ある噂では「カメに乗って海に帰った」らしい。なるほど!と妙に納得してしまったが、しばらくして海岸の端っこの方から髪を風になびかせながらマリオが出現した。宮古の自然の美しさに何かヒントを得て曲の構想でも練っていたのだろうか?確かにここではある種インスピレーションが湧きがちだ。
浜辺には、そこに住みついていると思われるおじさんが、子供達や観光客にお手製のアクセサリーを作りかたを教えていた。我々も早速彼に習って珊瑚のかけら付き携帯ストラップ制作に挑んだ。南国情緒満載のマニュファクチュア。ゆったりとした時間の流れが心地よすぎた。
やがて日も傾き車で宿へ帰還。支度をしてライブハウスへ突入。いよいよ2日目のライブ開始()だ!
昨日とは打って変わって会場の雰囲気が最初から違っていた。お客さんの数も倍増しており、中には外国人の姿も見られた。宮古島で英語を教えている先生方らしい。メンバーも1日目の疲れはほとんどなく、気合いがみなぎっていた。
1曲目はノリノリのBaila meでスタート。ギターのカッティングが唸るとお客さんも反応して身を乗り出した。VolareやパコのオリジナルであるFiesta para tiなどテンポの早い曲を演奏して行き、 徐々にヴォルテージを上げて行く観客と演奏者。これは今までに無い雰囲気だ。異常に楽しい。
通常2部構成のGGライブも時間無制限の3部構成と予め銘打っていたため、ある程度パワーを押さえつつライブを行うつもりだったが、いきなりの異様な盛り上がりに終始エンジン全開でやらざるを得なかった。
・・・狂うパコ。彼の潜在的なパフォーマンス本能がむき出しになった。リードギターを弾く彼は自己陶酔に浸っているようなアーティストばりのパフォーマンスで知られているが、今回の彼はそれに拍車がかかり、まるで夢遊病者のようにステージ上をうごめき、ギタープレイも尋常では無くハッスルしていた。
ケイジもしかり。いつもはゆっくりとエンジンをあたためて行く彼もこの日ばかりはスタートと同時にオーバーヒートすれすれラインを行ったり来たり。ステージ上をドンドンと足で踏み付けバスドラ効果を生み出していたが、その光景はどこか狂気的なものだった。いい意味で。
そんなB型の2人を横目で眺めつつ、自らも楽しむO型のマリオとルイス。
ステージ上にビールジョッキを置き、飲みながらライブ。2部はライブハウス内のアルコール度数がさらにアップしてより盛大になってきた。3部へ移る前にサービスで流しライブをやることにした。いくつかのテーブルをまわり、ジプシーキングスのノリノリナンバーを生演奏。客との密着したコミュニケーションで連帯感が生まれ、親睦も深まった。
その後に第3部開始。これ以上ないほど盛り上がりの要素を集結させたのだからあとは皆、壊れて行くだけだ。
曲の合間に「プリーズカムトゥーダンス!」とケイジが叫び、遠くにいた外国人らを呼び寄せると、堰を切ったように皆ステージ前に繰り出し、誰彼構わず踊り出した。これこそまさにバンボレーオ!グルーヴ感と揺らめきの融合だ。
お客さんはもとより、店長はじめ従業員も踊り狂う。どういうわけか怪我をしているお客さんが多かったのだが、足の悪い人は松葉づえを両手で抱え上げて踊り、腕を骨折した人はその手でシェイカーを振り、目を患っている人は盛んに頭を振っていた。痛みも忘れるGGライブである。
しかしさすがのヴォーカル・ケイジにも限界が。MCでライブの終了を告知・・・しようとすると客がそれを許さなかった。誰かが滋養強壮ビタミンドリンクを持って来てくれ、やむを得ずそれを飲むと簡単に復活することができ、もうしばらくライブを続けることができた。帰りの電車や明日の仕事の心配もしなくていいという精神的な余裕が早期回復に繋がったものと思われる。
ともあれ何度かアンコールをくり返し、夜中の12時を過ぎた辺りでやっとライブが終わった。延々4時間もやっていたのかと感慨深くなってしまった。
しかしこれだけでは済まなかった。近所にある別のバーで生演奏してくれないかと依頼が入ったのだ。一瞬気を抜いていたメンバーもすぐに気を取り直し、すぐにそのバーへ向かった。
エスニックなBeema-Beemaとは異なり大人のムード溢れる落ちついたバーだった。何杯かカクテルを飲んだ後、早速演奏。ちょうどそこに居合わせたお客さんが誕生日だったので場は一気に祝いの宴と化した。更に、その傍らで独り酒を飲んでいた男性がジプシーキングスの大ファンだったというのも何か運命的なものを感じた。
様々な偶然、巡り会いが重なって現実化した今回の宮古島遠征ライブは、結果的には大成功だった。というか、これが腐れ縁になり、毎年の恒例行事にもなりかねない。
なにはともあれ宮古島の人々の優しさ、陽気さ、自然のすばらしさなど、どれをとっても今回参加したGGメンバーにとっては思い出に残るものとなった。
3日目は夕方の飛行機が出るまでフリー。観光や買い物等を楽しんだ。最後に、ライブに来てくれた別の居酒屋の店主に招待され思わぬごちそうを頂いてしまった。お返しはもちろん生演奏。どれをとってもいい思い出である。
空港で宮古島の人たちと別れる時はさみしいものだった。また来るぞと誓いを立て、島を後にした。
以後一週間、気が抜けてまともに生活できなかったのは言う間でも無い。はやくも宮古島を懐かしがるGGメンバー。次回はいつになるのかなー、と楽しみである。
投稿者 gipsygroove : 22:41 | コメント (0) | トラックバック
2003年06月15日
スリリングなライブ
いよいよ梅雨本番。梅干しを作成したくなります。
昨日も国立でライブでしたが、昼は晴れていたのに夜は雨。おまけにトラブルでメンバーの何人かが急きょ欠席!一時はどうなることかと思いましたが、みなさんの助けのおかげで無事(?!)ライブを盛り上げることができました。
いつもはお客さんとして来てくれる方を助っ人として無理矢理ステージにあげる等、かなり強引なライブでしたが、結果的にはうまく行ったかな−と思います。
何が起こるか分からない、スリリングなGGのライブを今後もご期待下さい!