« GGの天城越え | メイン | 全国バンド自慢コンサート&恵比寿の夜 »

2002年08月25日

Yokota Friendship Festival

今年も横田基地の日米交流イベント、「フレンドシップフェスティバル」の日がやってきた。普段厳重に門を閉ざしている同基地もこの日ばかりは大衆にオープンされる。
基地内は多数の露店がならび、遊覧汽車ぽっぽも駆け巡る。メイン会場ではバンドやダンスグループなどによるパフォーマンスが繰り広げられる。GGは今回で2度目の参加だ。新メンバー・ディエゴ後藤氏も正式メンバーとして初参加。左に構えたギターがうなる。
去年は初夏の猛烈な暑さの中だったが、今年は残暑の肌に張り付くようなねっとりとした暑さが身にしみた。

青梅線牛浜駅に集結したメンバー一行はこの暑さの中基地へ向かった。夏バテがたたってか、既にバテぎみのメンバーも。基地に入ってすぐにビールでも、と行きたいところだったが、今年はそう甘くはなかった。
去年のアメリカ同時多発テロの影響でセキュリティーチェックがかなり厳しく、門の前は順番を待つ人々で溢れかえっていたのだ。まるで正月の川崎大師のようだった。直射日光に人いきれ、不快指数が最高頂に達したところでようやく危険物検査、荷物調査を終え基地内へ。空港の入管なみの手間がかかった。

さて、今年もメインの会場はハンガー15。普段は飛行機が待機する格納庫だ。中に入ると日光が避けられる分良かった。
通された物置きのような場所で準備開始。クーラーがうっすら効いていて涼しい。音響に詳しい当バンドギタリスト、パコは早速ステージ横のエンジニアと打ち合わせ。今回はギターにコンデンサマイクをつけてばっちり決めようと思ったが、セッティングをなるべく単純にしてくれとのPA側の要求と、こちらの準備不足も有り、結局皆マイクから直接音を撮ることになってしまった。

リハーサル(というか、マイクチェック)の時間も短かった。気付いたら演奏開始時間に。なんとなく慌ただしいライブ・スタートとなった。今回はオーソドックスなジプシールンバとは少し趣の異なるフラメンコ調のルンバ、「Arrinconamela」から始まった。最初の空ルンバを聴いて「Baila me」かと思った方も多いと思うが、実際は今回初演の曲だ。スペインのトニーガトリフ監督の映画「Vengo」からコピーしたものある。
エスニックな雰囲気を漂わせた後でお馴染みのジプシールンバを次々と炸裂。格納庫の中はますます蒸し暑さを増し、メンバーの顔面は垂れ流れる汗におおわれた。ギターも汗まみれになってしまうな、思ったその瞬間、「ベベーン」と弦が弾けとんだ。例によって私(ルイス)のギターの弦だ。実はこのギターは1ヶ月ほど修理に出していて、この日久しぶりに手にしたのだった。弦を支えるブリッジの部分が鋭くなっていたのが原因だろうか。とにかくライブの度に弦が切れ、メンバーには迷惑をかけている。慢性的ストリングカッターだ。

また、演奏をしていて気付いたのだが、自分の音以外ほとんど何も聞こえなかった。これには参った。ハウリングを恐れてモニターは使わなかったのだが、それが災いして他のメンバーの出す音がほとんど聞こえなかったのだ。オーディエンスに対しては言い訳になるかも知れないが、我々にしてみればまるで耳栓をしながら演奏をしているようだった。そのため本来歌が始まるところでKGの第一声がでなかったり、微妙に音が外れていたり、リードギターが聞こえなかったりしたかも知れない。広い会場でのセッティングについて熟考の余地有りだ。
何はともあれ汗だくのままGGの出番は終了。うーん、少し物足りない気が・・・。

この日のセッティングリスト-
1.Arrinconamela(Vengo)
2.Pena Penita(GK)
3.Volare(GK)
4.A mi manera(GK)
5.El camino del Gitano(GG)
6.Djobi Dojoba(GK)
7.Bamboleo(GK)
8.Vamos a Bailar(GK)

余談1)横田FFといえば豪快な肉料理。疲れた体にハイカロリーな牛肉でエネルギー補給。しかしたまに噛み切れない「はずれ」の肉がある。アメリカ人はこんなスリリングな毎日を送っているのだろうか。

余談2)帰宅時の青梅線で人心事故発生、GGメンバーのうち5人が乗っていた電車の対抗車線だった。40分間の箱詰め状態後、解放された。

投稿者 gipsygroove : 2002年08月25日 22:33

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.gipsygroove.com/blog/mt-tb.cgi/27

コメント

コメントしてください




保存しますか?